□恋人達に幸無かれ
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―恋人達に幸無かれ




「よし、それじゃあ早速毎年恒例クリスマス会議をするぞ」

11月も半ばに差し掛かり、少しずつ姿を現し始めたのはキリスト教の祭事とは名ばかりの子どもと恋人達のイベント。
クリスマス。
店に並びだしたクリスマスモチーフの物、街に煌めくイルミネーション。
街を歩く女の子達はまだ一ヶ月も先のそれを思い笑顔を浮かべる。
それは男も同様に。
だがしかし、それはお互い共に過ごす恋人があってこその物。
皆が皆、共に過ごすパートナーが存在するわけではない。
そう、苦汁を嘗める者も居るのだ。
そして、そこにもまた性別の差は出る。
女の子同士が集まり、パーティーだと言うのなら傍目にも可愛い。
それを好む子も世の中には沢山居る…が、同じ状況も男ではどうだろう。
物悲しい雰囲気がひしひしと伝わってくる。
避けたい避けたいと思いながらも、それを避けられずに今年も猶予は残り一ヶ月となった男達がそこに居た。
藤真健司を中心に。

「議長、一つ良いですか」
「高野君、発言を認めよう。何だ」
「部内どころか学校一のイケメン野郎がこの場の議長を務めるのはむかっ腹が立ちます」

永野の部屋に集まった五人は、部屋の主である永野を除き小さなコタツにぎゅうぎゅうと入っていた。
永野は一人入る事さえ出来ずベッドに腰掛けている。
コタツの上に置かれたのは100円ショップで買って来た小さなホワイトボード。
そこには青い字で『2008年 クリスマスの過ごし方』と書かれている。
いざ会議を始めようと議長を務める藤真が開始との音を上げると、それは早々に高野により遮られた。
発言を認め高野に向けられたペンの先。
そして続けられた高野の言葉に藤真はペンを下ろして一度だけ瞬きをし、これ以上無い程爽やかに輝かんばかりの笑顔を高野へと送った。

「俺は過去8回同じクラスになった女子に『藤真君って動かないで喋らないか、バスケやり続けてればカッコ良いのにね』と言われ、過去13回『もっと物語の王子様みたいな清廉の人だと思ってた』的言葉で彼女に別れを告げられた。そんな俺に何か問題でも?」
「ありません」
「それじゃあ本題に…」
「藤真、俺からも一つ良いか?」
「一志か。よし、許可しよう」

入学してから二年と半年以上、それをここに居る誰よりも間近で見ていた花形は自虐極まったその言葉とそれとは全く逆の笑顔に痛々しささえ覚え、耐え切れずに目を逸す。
指で押し上げた眼鏡。
そんな花形を余所に、藤真を中心としたやり取りは更に進められていた。
長谷川はすぐ横に置いて居た自分の鞄の中から、ルーズリーフとライン用の蛍光色のペンを取り出し、紙に文字を書き出す。
・バスケ部で藤真に並ぶスター選手
・故に運動神経良し
・試験一位
・性格良し
長谷川は箇条書きされたそれを見せながら、手にしていたペンでそれが全て当て嵌まる男を差す。
気付くと向けられていたペンにようやく話の流れに気付いた花形が長谷川の方へと目を向ければ、それを合図に長谷川が口を開いた。

「スタメンじゃない去年までなら兎も角…頭脳、運動能力、人柄、知名度と兼ね揃えた花形が今尚この場に居る理由が分らない」

行動のわりに嫌味でさえ無く、本当にただただ純粋な疑問。
しかしその疑問を口にする事は花形にダメージを与えるには充分で、花形は眼鏡を外し熱くなる目頭を押さえた。
長谷川の言葉にあぁと感嘆の声を上げた高野と永野の二人、それと疑問を投げ掛けた長谷川自身の三人は花形の取った行動の意味が分からず黙り込む。
静まった部屋の中には、ついには鼻を啜りだした花形のその音が大きく聞こえる。
それを打破したのは議長、藤真。
永野の勉強机の上に置かれていた箱ティッシュを取り花形へ差し出すと、花形はすまないと告げた後皆に背を向けて鼻をかんだ。
その背中に注がれていた視線は、トントンと言う音に導かれ藤真に向けられる。
音の正体は先程から手にしたままのペンがコタツの天板を叩く音。

「それに関しても俺が話す……良いな、花形」

あぁと鼻声での返事に、すぅと藤真は息を吸い込んだ。

「花形は二日前、一年の後期に一緒に委員をして以来二年も片思いを続けていた子に告白し……『花形君って、大き過ぎて怖い』とフラれたんだ」

花形の代わりにその真実を皆に伝えた藤真は二日前の花形に気持ちを同調させ、目にうっすらと涙を浮かべた。
しかし、それ以上にその気持ちが分るのはそれを聞いていた三人。
その言葉は藤真以外、皆言われた事がある言葉だったのだから。
長谷川の手によってテーブルの上に出されたポケットティッシュを皆で摘む。
長谷川は目尻から零れる涙を拭い、花形の背をそっと…優しく撫でた。
自分でさえ言われた言葉、自分以上の花形がそれを言われない筈が無いのだと知りそこに気付かず傷を抉る発言をした自分を悔いた。
それから5分程達少しの落ち着きを取り戻した頃、花形も体を向き直しコタツを囲む。

「それで、だ。もう質問は無いと思うし本題に入るぞ。
俺としては夕時は街に出て手を繋いだウザい恋人達の間を通りまくり、8時以降は雰囲気作りに夢中な男に雪合戦を装って雪玉を当てるのが良いと思うんだよ」

口での提案と同時に、ホワイトボードにその様を図にして描いていく。
描き終えると同時にそれを見せると、良いんじゃないかと賛同の声が飛び交う。

「皆で鍋でもどうだ」

すっかりと出来上がった雰囲気に押され、最も常識的意見であるその言葉を永野は言えずに居た。
永野がクリスマスは一波乱ですまないと覚悟するまで、あと数秒。
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