□恋は盲目
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南は、以前からずっとその事が気になっていた。
口に出すタイミングに恵まれなかったわけでも無ければ、南本人が躊躇っていたわけでも無い。
気になりはするが、知らずとも何も困る事は無いのだと自ら聞こうとはしなかったのだ。
つまり、それを尋ねる事もそもそも気紛れでしかない。
そして、その気紛れは今起こった。
当人達が同じ部屋の中に存在する、このタイミングで。




―恋は盲目




「土屋は結局、そこのアホの何処に惚れたん?」

机の上に広げられたのは南の数学のノートと汚い文字だらけの岸本の数学の教科書。
南はそれらと向き合い、教科書に書かれた文字を解読しながらノートに写しながら顔を上げず問い掛けた。
その言葉に僅かながらトゲがあるのは、なかなか進まない手元にある。
休み明けまでの宿題。
岸本が終えているのを良い事に写そうと決めたまでは良かったが、岸本はノートどころか教科書に答えを書き殴っているだけにそれは難航していた。
問題によっては文字の解読よりも解いた方が速いと自分で取り掛かった問題さえある。
そんな南の様子を気にする事無く、土屋は南の部屋のベッドに横になり雑誌を広げ、岸本はそんなベッドに寄りかかりゲームに夢中。
同じ部屋に集い各々自分の世界に入る、呼び名を付けるならフレンドリーひっきー。
その空気を変えたのは、南から土屋へ向けられた問い掛けであった。

「は?何なん、いきなり」
「いや、気になっただけ。バイなんは前に聞いたにしても相手はこの岸本て、最初ツッコミ待ちかと思ったわ」

最後の一問を写し終え、南は教科書とノートを閉じ体を二人の方へと向ける。
土屋は突然の問い掛けで言葉に詰まり雑誌からゲームに熱中してろくに二人の会話を耳にしていない岸本に目を向ければ、改めて好きだと気付いた時の事を思い出そうとその姿を見据える。
胡座な為に足の先までとはいかないが、見える姿をじっくりと。

「クリッとした大きな瞳」
「ギョロの間違いちゃうか」
「出会った頃のサラサラな髪もたまらんかったし…あ、勿論今のフワフワした髪も好きやで」
「いや、どう見てもアレを例える擬音はモジャ」
「あと欠かせんのは、プルッとして美味しそうな唇。キスしたくなんねん」
「それは間違なくタラコに対する食欲や」

二人の会話が止み、テレビから流れてくるゲームのBGMとコントローラーのガチャガチャといった音が一層大きく二人の耳に届く。
土屋は雑誌を閉じて横にしていた体を起こすと、壁に寄り掛かりうーんと小さく唸り声を上げた。
長く一緒に居た為に、最初の頃の気持ち以上に付き合う様になってからのイメージが強く、そこに悩まされていた。
頭を掻き、ゲームに夢中になる背中を見つめる。
その姿はテレビ画面に映る物に合わせてたまに左右に揺れる。
それに合わせて僅かに跳ねる髪を視線で追う。
今までに土屋が述べたのは全て見て分る部分。
土屋が岸本をその対象として見る様になったのは、今語った部分も勿論有るがそれは全体の一部でしかない。

「あかん、多過ぎて言い切れん。でも一つ言うなら、やっぱバスケやってる姿かな」
「…ま、良え答えやな」

南は立ち上がり岸本の教科書を手にすると、それを丸めて岸本の頭を叩いた。

「ほら終わったで、交替せぇや。次俺と土屋で勝負すんねん」
「このコース終わるまで待たんかい!」

岸本が叩かれた所を押さえ南を見上げている間に、画面に映し出された岸本操作する赤い帽子にオーバーオールの土管工が乗るカートは続々と後ろを走っていたカートに抜かれていった。
岸本が南とのやり取りを終えテレビへと目を戻す頃にはレースの一着も決まり、追い上げ不可能なその状態にチキショーと声を上げコントローラーは南の手へ。
その後は、三人交替を繰り返しレースゲームを楽しんでいつもの様に何でも無い一日は過ぎてゆく。

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