□それでも、ただ
2ページ/2ページ

―それでも、ただ




「ねぇ、ミッチー。バスケ好き?」

近付く限界に飲み込んだ息、縋る様に背に回した手。
切ったばかりの爪を立てると、水戸の動きは止まる。
いつもそうだ。
最後の最後にこれを聞く。
答えるまで止まる動きは必要以上に焦らされるだけで、好きになれない。
掴まれた腰は自分から動く事さえ許さず、ただ俺に答えだけを求めている。
疼くばかりのそこにばかり意識がいって、声を出そうにも出す事は出来ずただただ何度も頷く。
良かったと一言だけ耳に届いてまた動き出し、優しさなんて物が無い程手荒くセックスは再開された。
その答えを聞く事だけが目的みたいなそれを止められずにいるのは、そこに感情が存在するからだ。
好きかと聞けば好きだと返ってくるし、愛しているかと聞けば多分愛していると返ってくる。
何も無いならとうにこの関係も終わっていた。

「腰、大丈夫?」
「…あぁ」

布団の上に横たえた体。
頬に当てられたよく冷やされているミネラルウォーターの入ったペットボトルを受け取ろうと顔を上げると、煙草を咥えた水戸と目が合った。
整った眉を下げて、どうしたの?と笑うから、ペットボトルじゃなくて煙草を奪いそのまま口付けた。
苦い煙草の味が口の中に広がる。
舌を絡ませる事なく離れた口は、それでも残る煙草の匂い。
未だに慣れないその苦味を流してしまおうと、ペットボトルと煙草を交換してすぐに水を口の中へ注ぎ込んだ。

「あぁ…。腰より先に、煙草も駄目か。運動やってる人間を前に」

まだ長い煙草を灰皿に押し付けて、ごめんねとまた笑う。
二つ下に思えないその気遣い、根っこにどんな理由があるにしろ大事にはされている。
俺が余計な事を何一つ口にさえ出さなければ続く関係だ。
俺からの催促が無ければ返ってこない言葉でも、言葉自体に嘘は無い。
そうで無ければ体を繋げるに至ってもいない筈だ。
自惚れとかじゃなく、水戸にとって俺が必要な男だと言う事は知っている。
好きだと思われている、大事にもされている、必要ともされている。
それだけ揃っていても、最後の一線は越えられない。
鳴り出す携帯に、敵わない。
俺と水戸が会う何度かに一度鳴る電話は今日もまた、今まさに鳴り出した。
女々しく相手ごとに着信音を分けているわけじゃないのに、水戸のそれに関する勘は冴えているのか、アイツからの時だけはコールが3回目を終えるより先に出る。

「どうした…ん、あぁ、大丈夫か?…いや、無理すんなって…今から行くから。
……背中の調子悪いらしいから、少し行って来る」

ろくに衣服を纏っていない体に慌ててそれを掴み、俺を見る。
俺がペットボトルの封をしながら短く返答すれば、簡単に服を着ただけの水戸は季節に合わない軽装で外に出ようとする。
名前を呼んで、近くにあった俺がここに来るまで付けていた手袋を投げ付けると、有難うと返ってくる返事。
開けられた扉から、外の冷たい風が吹き込んでくる。
ろくに何も着ていないこの体には寒い。

「あぁ、そうだ。花道の為にも、風邪引かない様に暖めて待っててね」

手から離れたドアノブに、バタンと音を立てて風はそれを閉めた。
目で追う事さえ無く視界から消える姿。
最後に言われた言葉が全てを語っている。
好きなのはバスケができる俺で、大事にされているのも必要にされているのもその為なんだと。
アイツにとっての基準は俺じゃなく、もっと大事なダチの方で、そいつの大事なバスケが出来る俺だからだと。
世の中には色んな奴が居て、中には恋愛事より趣味や友人関係を優先する奴が居るのは知っている。
結局は水戸がそんな奴なだけ。
それを馬鹿げているや狂っているとは思わないし、俺自身がまずバスケを取るのは明白だ。
辛いとか悔しいともあまり思わないし、携帯の音に敵いたいとも願っていない。
それでも、ただ…ただ、二人の時くらいはそれを忘れて愛されても許される気がしているだけで。
惚れ込んだ俺が馬鹿なだけで。
そんな馬鹿な俺を、俺が認めたくないだけ。
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ