□雪に溶けた少年
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高校は陵南に行くと決めて、少なからずの不安を感じた。
元々友達を作るのは苦手じゃない、むしろ人よりその才は恵まれていると自分では思っている。
それでも知らない土地、知らない人間に囲まれた場所に飛び込み一から全てを築いていくのには勇気が要る。
朝起きると降り積もっていた雪に願いをかける様に、学校からの帰り道にある公園のベンチの脇に小さな雪ダルマを作った。

「陵南で良い友達、仲間に出会えます様に」




―雪に溶けた少年




次の日の朝、少し早めに家を出た俺は雪ダルマのある公園に寄った。
昨日の夜降った雪にそれは少し埋もれていたけど、溶けずに残っていた事が嬉しい。

「それ、おまえがつくったのか?」

頭上から聞こえて来た声に顔を上げると、幼稚園児くらいの少年。
あぁ、そう言えばここの前でよく幼稚園バスが止まってたっけ。
じゃあこの子もバス待ちかな、親の姿は見えないけど。
時間も随分早いし…でも、良いか。

「そうだよ」
「ふーん」

その子の方からしてきた問い掛けなのに、俺が肯定の言葉を返すとその子は興味無さ気に聞き流しピョンとベンチに飛び乗った。
不思議な子で、ずっと俺の手元ばかりを見ている。
俺はと言えば、まだ学校に行くにも間に合うからと例の雪ダルマに更に雪を付けてサイズを大きくしているくらい。
あぁ、こんなに積もる事もあまり無いから雪ダルマ自体が珍しいとかなのかな。
それなら悪い気は全くしない。
俺は時間が許す限り雪いじりを続けた。
ずっと変る事なく向けられた視線を感じながら。
不思議な子。
時計に表示された時間に腰を上げて、またねと告げるとおう!と笑って返された。
歯を見せて笑う顔が印象的で頭に残る。
その日の放課後、まさか居ないよなと公園を覗いてみると小学生が遊んでいるだけで、ベンチに座っているのも小学生だった。
幼稚園児が居る時間にしては遅いし当然かと、まだ残っていた雪ダルマに手を振って帰る。
そしてまた翌日、昨日よりももっと早く家を出た。
雪ダルマが気になるのと、昨日の子がまた居る気がして。
雪はまだ残っているけど天気はすこぶる良い。
雪も溶け始めている。
あの子が雪を珍しがって見て居るのなら溶ける前にもっと見せてやりたい。
今日は作らせてみるくらいの気でいる。
だけど公園に居るのは昨日の子ではなくて、小学生くらいの少年。
姿を隠していた雪に守られて、まだ溶けていない雪ダルマを手に取ると視線を感じた。
それもそうだ、自分が座っているベンチの足元で何かしている人が居たら俺だって気になる。

「それ、お前が作ったのか…良かったな、この天気の中溶けてなくて」

足を組み生意気な態度でそう俺に言う少年の姿は、昨日の放課後にそこに座っていた小学生に似ている。
ただ、昨日の子がパッと見低学年くらいだったのに対して今日のこの子は高学年…多分5、6年くらい。
兄弟かな。
まぁ、住宅街だし兄弟なんていくらでも居るか。
半分ぽっかりと空いているベンチに、俺も一緒になって座る。
近くにある雪の上の方、泥の付いていない所だけをまた雪ダルマに付けていく。
そんな事をしても、この天気なら今日の放課後には溶けてしまっているんだろう。
結局、昨日の幼稚園児が姿を見せる様子も無い。
残念だけど、こればっかりは仕方が無いか。

「仙道、そろそろ行けよ。学校に遅れんぞ」
「うわっ、マジだ。教えてくれて有難う…って、何で俺の名前」

雪ダルマをまた元の場所に戻してすぐにでも走り出そうとしたいけど、それよりも好奇心が勝って、立ち止まる。
生意気なその子はバカかとでも言いたい様な視線を向けて、自分の胸元を指差した。
あぁ、そうだ。
制服の胸ポケットのトコに刺繍されてたんだっけ、忘れてた。
そりゃあ名前も分る。
納得して、じゃあと手を上げると同じ様に返ってきた。
歯を見せる様な笑顔とセットで。
その笑顔が昨日の子に被って何だか気になる俺は、放課後部活を終えて帰る途中、またその公園に寄る。
とてもじゃないが小学生が居る様な時間じゃない。
居る筈無い、居る筈無いと思いながら辿り着いた公園。
そこにはやっぱり人影一つ無い。
朝にはあった雪ダルマも今はもう溶けてしまったらしく、面影さえ無い。
もしかしたら、あの子は雪ダルマだったのかな…そんなバカげた事さえ思い二日と言う短い思い出のベンチに腰を下ろした。
でも、ここに座っていると本当にそんな気がしてくる。
今思えば、よく似ていた。
雰囲気も、笑い方も。

「隣り、良いすか?」

非現実的な事を考えうなだれていた俺に、昨日の朝の様に話し掛けてくる声。
顔を上げると同い年くらいの男が立っていた。
この公園には他にベンチが無い。
どうぞと言えば、男は俺の隣りに腰を下ろす。
カンと金属的な音がして、音の方を見ると男が缶コーヒーの封を開けた音だとすぐに分った。
湯気が上るそれを見ていると途端に寒気を感じて、体が震える。
そして差し出された缶。
何事か理解出来ずに慌て缶と男の顔を何度も見ると、白く変る溜息を吐きながら男はポケットから取り出したもう一つの缶を俺に見せてきた。
俺の分、って事なのかな?

「あ、有難う……ございます…」
「別に。帰んの待ってるつもりだったんすけど、ずっと居るから…俺も早く座りたかったし」

知らない相手だと言うのに、愛想も何もあったモンじゃないのに、変な気はしなくてそのコーヒーを有難く頂戴した。
手の平からコーヒーの温かさが体に伝わってくる。
それを口に運び喉に流せば、今度は体の中から温かくなってきた。

「で、何してたんすか」
「…んー……」

本当に僅かなやり取りからだけど、最近の事を話してしまっても笑うとも思えない。
何より、笑われた所で二度と会う事の無い相手だと、俺は新しい場所に飛び込もうとしている事や一昨日雪ダルマを作った話、昨日の朝と今朝の少年の話をした。
たまに返ってくる相槌は笑われる心配も無さそうな、そんな雰囲気で、安心できた。
長く無い話なのに、全て話終わる頃には手の中の缶は空っぽ。
言葉は何も返ってこない…やっぱり、変な奴だと思われたのだろうか。

「お前なら大丈夫じゃね?初めて会った俺にそれだけ話出来たんだし」

いきなり砕けた口調に変り、俺が唖然として言葉に詰まって居れば頭をグシャグシャと撫で回された。
俺の方が頭の位置は高い。
それだと言うのに腕を伸ばして撫でてくるモンだから顔がさっきまでより近くて、表情がよく分る。
ここで出会った子達によく似た、歯を見せる様な笑顔。
よく似てるどころか、そっくりだ。
笑い方がじゃなく、雰囲気も…顔も。
あの子が中学生になったらこんな感じになる、絶対。
大丈夫だと、頑張れと言って撫でる手は温かい。
あぁ、ずっと、誰かに大丈夫だって言って欲しかったんだって…やっと気付いた。
俺がそれに気付けた礼を言うと手は離されて、男はじゃあと手を上げて背を向けた。
それは何だか、俺があの子に見せた姿に似ていて、少し面白くなって笑いが零れる。
それから何日も帰りに公園へ寄ってみたけど、あの後一度も会う事が無いまま春を迎えた。
あの少年達は、やっぱり雪ダルマだったのかな…なんて、俺に思わせて。






「何だよ、俺に用でもあんのか?」

4月になって、俺は予定通り陵南高校に入学。
あの日言われた大丈夫の言葉を信じて足を踏み入れたバスケ部で驚いた。
あの時、大丈夫と言って頭を撫でてくれた奴にそっくりな奴が目の前に、同じ新入部員としているのだから。
思わず、そいつの顔をジッと見て居たら気付かれた。
確か、越野…って言ってたっけ。

「うーん…越野が俺の友達に似てたから驚いたんだよね」
「いや、俺友達になる予定はあるけど、あの夜のうちになった覚えはねーけど?」

ニッと歯を見せて笑う顔がダブって見える。
今の顔は、むしろ俺をからかう様な笑いだけど。
え?と俺が一人疑問符を頭に浮かべていれば、越野はあの夜の事を話してくれた。
やっぱり頭を撫でてくれたのは越野で、あの近くに住んでいた親戚の家に家族で行ったものの大人の話に飽きて時間を潰そうと近くの公園に行ったら俺が居た…って事らしい。
途中から話し方が変ったのも、新しい場所にの件から高校進学を控えた同い年ってのが分ったから。
でも、まさか陵南だったなんてって笑って話してた。
俺はその話を聞いて、じゃああの子達がその親戚の子だったりするのかと思って聞いてみたけど、それは違うみたい。
ガキが居るなら大人の話に暇して外に出たりしないって納得のいく言葉を言われた
越野に似てたんだけどな。
でも、違うなら違うで…雪ダルマだったと思っていても良いのかもしれない。
あの子達に会って無ければあの晩越野に会う事は無かったんだから。

「越野!俺、あの日越野に会えて良かった」
「何言ってんだよ、いきなり」

長い人生、たまには不思議な体験をしてみるのも良いか。
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