□本気を見せて
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「私本気なんです…」

11月も終盤に差し掛かり、街の雰囲気を変えるのと同時に増え始めた呼び出し。
今日は一年生の子、昨日は確か三年生で…牧さんのクラスに行った時に何度か姿を見掛けた気がする。
人気の少ない校舎裏、非常階段出口前。
クリスマスまで残り約一ヶ月、何を焦る必要があるのか俺には理解出来ない。
だから、しない。
本気だと告げる彼女の目には涙が溜まっていて、それがドラマや何かの様な作り物臭さを感じさせた。
俺との身長差は相当、上目遣いでさえ無い見上げる様は少し辛そうだ。
辛いなら、距離を取れば良いのになんてこの際口にはしない。
この距離も、きっと彼女の言う本気とやら有ってなんだろうから。

「…なら、そこで着てる物全部脱いで。今すぐ」
「え…」
「本気だって言うなら、俺のこんな頼みくらい簡単だよね?」




―本気を見せて




「ふざけないで下さい」
「俺は本気だけど」

鼻の穴を広げて声を荒げる姿は、とてもではないが少し前に女の子らしく涙を見せていた姿と同じ物とは思えなくて、込み上げてきた笑いに堪え切れず口からそれは零れた。
酷い、最低、変態。
小学生の言いそうな非難の言葉を連ね、言うだけ言って彼女は背を向けて行ってしまった。
自分で本気だと言っていたのに。
彼女の本気は随分とあっさり向ける視線、表情、言葉と変えられる物なんだなと感心さえする。
それを本気だと言い張れる図々しい性格で16年も生きてきた図太さに。

「こっわー…あんな奴だったんだ」
「あれ、信長?」

背を向けて居た校舎の方から聞き慣れた声がして振り向くと、しまったと言った感じに一瞬固まる姿が目に入る。
声の主…信長は、さっきの彼女が立ち去った方に視線を移し窓を開けた。
手に持っているのは弁当とパン、それとパックの飲み物が二つ。
昼休みの前後に移動教室の無い今日は一緒ご飯を食べようなんて約束をしていた。
手に持っている弁当は明らかに俺の。
わざわざ取って、捜しに来てくれた事実に気付いて信長の腕の中から弁当箱を取る。

「今中に入るから、少し待ってて。折角だしそこで食べちゃおう」
「んー…どうせなら外で食べましょうよ。今日暖かいし」

俺が返事に困り、言葉返しかねていると信長は何でも無い様に窓枠に足を掛けてバネのある跳躍で俺の前に降り立つ。
ボタンの止められていないブレザーがはためき、一瞬だけ青い空に重なった姿は大きな鳥の様に見えた。
そこまでした後に俺の顔を見て、ね?と確認してこられては断れるわけがない。
呆れた様子を見せながらも了承すると、信長は早速壁に寄り掛かり持っていたパンの封を開ける。
土が付くとかそんな女々しい事を気にする事無く、俺もその隣りに腰を下ろして弁当を広げた。
二人揃って手を合わせて、いただきますの声。

「いつから居たの?」
「…私本気なんです、の辺りからすかね。神さんの姿の影んなって見えなくて、でも見えたら見えたで同じクラスの奴だから気まずくて慌てて隠れましたよ」

ハハッと笑う声のわりに表情自体は笑っていなくて、そう考えればいつもに比べて静かな事に俺に対しても気まずさを持っていると気が付く。
最近増えていたから、少しそこの感覚が麻痺していた。
普通は告白の場に遭遇したら気まずい、まして俺の返答がアレだ。
普段なら口の中の物が飛ぶくらいよく話すと言うのに、今日は俺から話し掛けない限り何かを言ってくる様子は無い。
俺が信長の声に気付いた時の表情の変化を今更思い出す。

「俺に幻滅した?」
「いえ」
「じゃあ驚いた」
「それは少し」
「今、気まずい」
「かなり」
「そっか」

俺の話し掛ける内容も悪い。
だけど、いつも進んで会話を進めるのが信長だけにこうなると何を話して良いのか分らない。
それに気付いた所で何か思い浮かぶ程俺の頭は融通が利く頭では無い。
黙り込んでお互い手と口だけを動かす。
少しずつ隙間の広くなってきた弁当箱から、空へ目を移すと雲の流れが早く、季節はもう冬だと告げている。
厚い雲の流れも速い。
ついには空になった弁当箱の蓋を閉めて、さて何を話そうかと隣りで同じ様に食べ終わったパンの袋をビニール袋に入れた信長と目が合った。

「あの…」

口を開いたのは信長の方。

「気まずいっつーのは告白のタイミングに遭遇した事に対してで、神さんの言葉も驚きはしたけど…えっと、先に本気だっつってたのはアッチなんだし」
「信長、落ち着いて…」
「あー…えー…つまり、神さんが本気で脱がせようとか考えてる変態さんだとは思ってませんから!あそこでマジで脱ぐ様な女と付き合うとも思えませんし!」

少し長めの言葉を一息で言って、深呼吸を繰り返す背中を撫でる。
本気で俺との気まずいこの空間を取り除こうとしてくれたんだろう。
そう、本気で。
別に変態と思われているとまでは想像していなかったけど、信長自体もそう受け取っていないならそこは気にする所じゃない。
むしろ、そこまで俺の方を気にしていた事に俺が驚きだ。
これくらい本気で考えてくれたなら、付き合えるのに。
これくらい。

「ねぇ、ノブ。クリスマスは俺と過ごさない?」

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