□ここで受ける優しい祝福
2ページ/2ページ

初めて見た時は、何を間違ってここに居るんだと思った。
大きなレンズの眼鏡は体育館に居るよりも、教室や図書室に居る方がずっと似合っている。
どうせ中身も同じ堅物だろうなんて思って、取っ付き辛さを一方的に感じた俺は他のどんな奴よりも避けていた。
それが変ったのは、俺が一年のうちから試合に出られる事が明らかになった日。
高一なんて中学生に毛が生えた程度、当然やっかみを受ける覚悟もしていた。
事実そんな奴も居た中で、アイツは何人かの奴…今思えば、一志達と一緒に来て話した事さえ無い俺におめでとうと言って笑いかけてきたんだ。
その堅そうな外見からは想像も付かない、歳相応の笑顔で。




―ここで受ける優しい祝福




修学旅行で来たその港町は坂が多く、坂の上から見下ろす町並みが綺麗だと柄にもなく思わされた。
通勤の時間から外れた真っ昼間のうちは、昨日迄居たここより大きな街に比べて車も少なく空気が澄んで感じられる。
わざわざ飛行機に乗り行くには面倒だとさえ思っていたこの研修も、満更悪い事ばかりじゃあない。
駅を出てからバスに揺られて、外人墓地の前を通る様に遠回りして連れて来られた先は港の見える公園。
観光地として有名なその場所で1時間半の自由行動を言い付けられた。
時間は昼時、その時間の中で昼食も済ませなければならないのが面倒だ。
長く続いた移動に食欲なんて無い。
それぞれクラスの奴と動く高野達を横目に、俺は一人適当な道を歩いた。
辿り着いた先には幾つかの建物が並ぶ。
その中から、今居る場所より少し高い位置にある…教会に足を向ける。
それに理由を付けるとしたら、空に向かって伸びる俺達の色…緑の屋根が目に付いたから。
外から見てすぐに戻るつもりが、観光客相手に中の開放もやっているらしいので時間を潰すつもりで入る。
古い扉はキィーと高い音を立てた。

「花形?」

二つ目の扉を抜けた先の聖堂、居るのはそこの信者と思われる観光客相手の為のおばさん一人かと思いきや、先客が一人。
見慣れた後ろに思わず声が出る。
それに気付き振り向いた姿はやっぱり俺のよく知る相手で、その隣りに並ぶと笑顔の優しいおばさんが簡単な説明書の付いた一枚の紙をくれた。
それにザッと目を通して、改めて中を見渡す。
全く知らないその空間、きっと慣れる事は無い。
だけど、感じてもおかしくない異質的な気はせず、静かなそこで目を閉じると何か温かい物にでも抱き締められている気分になる。
何となく、信じる気の無かった神様ってのを信じてみる気になった。

「昨日、ここで結婚式があったらしいぞ」

目を閉じてどれくらい経ったのだろう。
ふと耳に入ってきた花形の声に意識を戻し目を開ける。
窓から差し込む光がこの中の中央を照らし、見た事も無い花嫁と花婿が見える気がした。
この光の中、祝福されたのならきっとその二人の先には長く明るい道が延びているんだろう。
ただ素直に羨ましいと思った、愛した相手と一緒になる事を祝福されるのが。
そう思うのは、俺が祝福されない相手にその感情を向けているから。
今、目の前に居るこの男に。
最初は苦手だった。
それが一転したのは初めて見せられた笑顔。
堅物とばかりに思ってたコイツが見せた歳相応の笑顔は、俺の中で勝手に出来上がっていたイメージを簡単にぶち壊した。
それ以来仲良くなった俺達は、もう一年以上も良いダチ関係を続けている。
その関係さえ終わらせる様なこの感情は、気付いた時にはもう俺の中にあった。
消そうとして消えるモンじゃない、どうにもならずに時間だけが過ぎてきた。

「羨ましいな」
「………あぁ、本当に」

気付いた時には飛び出していた言葉。
それは本当に小さく、呟く程度に。
聞こえていないだろうと安心した頃に返って来たのは、きっと俺が発したのと同じくらい微かな声。
離れた場所に居るおばさんには、きっと俺達のこの会話は聞こえていない。
花形からの返事が意味する事が、俺にとって良い物であれば良いのにと、僅かな期待に賭けて花形の手へ自分のそれを伸ばす。
触れた互いの手の甲。
気恥ずかしくて離すと、今度は花形の方からそうしてきたのかまた甲がぶつかり合い、小指だけを取られた。
繋がれた俺の右手の小指と、花形の左手の小指。
これが答えって…事だよな。
もしこれが答えなら、俺が今から言う言葉の後に見せる顔が、あの時見せた顔であってほしい。

「なぁ、花形。俺…」

神様。
昨日一組の男女を祝福したこの場所で、俺達は祝福されますか?
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ