□ここから延びる長い道
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初めて藤真を見た時、俺は随分と綺麗な顔の奴だくらいにしか思っていなかった。
勿論、そのくらいしか無かった認識はすぐに変わる。
部活が始まりすぐにその力を知る事になり、憧れの念を抱く。
今すぐで無くとも近付きたい、そう思いまずは親しくなろうと思うも、何となく、本当に何となく避けられている気がして話し掛ける事が出来ないまま日は流れた。
そして、一年でありながら藤真が翔陽のユニホームを渡されていたのを見た時、心の底からそれを祝う言葉を伝えたいと思った。
が、その時には既に出来ていた俺と藤真の間の目に見える距離。
それを壊したのは、その性格から部内の交友関係を広げていた高野。
俺の気持ちを察したのか、他の奴と一緒に俺を連れて藤真に近付き良かったじゃねぇかと自分の事の様に嬉しそうに言う姿に、こんなにも簡単な事だったのだと気付く。
目を丸くして俺を見上げる藤真に、高野がした様に笑い告げたおめでとう。
その日以来、俺と藤真は良い友人になった。




―ここから延びる長い道




ようやく止まるバス、坂の上の広い公園。
正面には広がる海、背には山。
事前に確認した流れだと、ここからは自由行動になる筈だ。
一度幼い頃に家族で訪れたこの地には、もう一度見たい場所があった。
担任教師の自由行動を告げる言葉に、懐かしい…けれど少しずつ何処かしら変化した道を一人進む。
小さい時に食べたアイス、その頃は知らずに食べたそれは美味しいと評判らしく見知った顔が並んでいた。
そこを抜けた先、広く長く下に延びる坂。
両の脇に連なる木。
その光景に一度足を止めて広がる青を眺め、そしてまた歩き出す。
少し急な細い坂を歩いてほんの少し登った先にある教会からは、丁度観光客の集団が出て来た所だった。
入れ違いに入ると、中に居たのは優しく笑う婦人が一人。
小さく頭を下げると、昨日ここで結婚式が有った事を教えられ一枚の紙を渡された。
簡単に分かり易く書かれた説明に目を通して、その空気を感じる。
婦人と俺が二人いるだけのその空間に流れる空気はあたたかい。
以前、父に手を引かれて連れて来られたこの場所の酷く静かな雰囲気は幼い俺をそこに有って唯一の異質な物に思わせた。
今日ここに来たのは、今自分がどう感じるかを知りたかったから。
それと…吐き出せずにいる気持ちを、この場の主に反するこの気持ちを懺悔と言う形で捨て去る為。

「花形?」

俺が扉を開けた時と同じ高い音が聞こえてきて、誰かが入って来たのには気付いていた。
観光地、俺の様な修学旅行生や入れ違いになった集団の様な観光客がいつ入って来てもおかしい事は何一つ無い。
二つ目の音が聞こえても尚前だけを見ていれば、音の主は以外にも俺の名を呼ぶ。
まさか、アイツがここに来るとは思わなかった。
藤真が、まさか来るなんて。
振り向くと俺の姿を確認した藤真が俺の隣りに立つ。
話す事無く過ぎる時間。
横目に見た藤真は目を閉じていて、この空間に同化でもしようとしている様にさえ見える。
その姿を見ているうちに零れそうになる感情。
捨て去る為に来たこの場所で、その感情は膨らむ。
藤真に向けた感情の変化に気付く切っ掛けは今年の夏、豊玉との試合。
あの時は、視界から色が消えた様にさえ思えた。
それが何故なのかに気付いたの大丈夫だと言う藤真を見て。
友達に対し生まれたのは、持つべきでは無い感情。

「昨日、ここで結婚式があったらしいぞ」

ただただ膨れ上がる感情が破裂して溢れ出てしまわぬ様に、気持ちを別な事へと逸らそうと口から出したのは入ってすぐに婦人に聞いた話。
入口から真直ぐ奥へと向け伸ばされた一本の赤い道。
この上を、二人で歩いたのだろうか。
きっとそれは、この街が見せる景色以上に美しい光景だったのだろう。
光に照らされた花嫁と花婿の姿を俺は知らない。
ただ、それでもそう思わされた。

「羨ましいな」

耳に届いたのは、幻聴かと疑う程微かな声。

「………あぁ、本当に」

間違なく藤真の声。
それの意味する所は俺には分らないが、神にさえも祝福され夫婦となったその二人を羨ましいと俺は思い、同意した。
その声は自分でも驚く程小さい。
気付かれてはならないと思う気持ちが無意識にそうさせたのだろう、この関係に終りを迎え、また最初の距離に戻るくらいならこんな言葉は届かなければ良い。
一度知ってしまった距離、離れたいと望むわけがない。
その為には自分の気持ちをこの場に置いて行く事になっても、だ。
それで、この距離を失わないなら…この、一歩分の距離から離れずにすむのなら触れる事が叶わなくたって良い。
自ら諦めた、伸ばせば届く距離。
それさえ詰められず、ただ下ろしたままの手に何かが触れた。
半歩だけ近付いていた俺達の距離。
諦めていた俺が詰める事は無いし、勝手に詰まる物でもない。
なら、その半歩を埋めたのは誰か。
残りの半歩は何の為にあるのか。
あぁ、そうだ。
その半歩は、俺が埋めるべき距離。
ゆっくりと伸ばした手。
俺の手の甲が藤真のそれに辺り、先程俺の手に触れた物の正体に気付く。
このままでは距離は0にならない。
恥ずかしさを堪えて絡め取ったのは、俺のより細い小指。

「なぁ、花形。俺…」

神様。
俺は今、貴方の教えに反する愛をこの場所で誓います。
だけどこの道は、きっと他のどんな道よりも明るく長い道です。
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