□キスを君に
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「藤真、いつまでそうしてる気だ」
「良いだろ、別に」

大袈裟な程に機嫌の悪さが伝わる低い声で返した言葉に、花形は俺の腕の中で溜息を漏らした。
無理を言って呼び出したのは21時を回ってから。
明日の準備と簡単な寝泊まりの道具を持って越させ、今日はこのまま泊まり。
風呂上がりにそのまま…なんて展開が俺と花形の間にある筈も無く、コイツはベッドの下に腰を下ろしノートを広げた。
明日提出だと言われて止めるわけにも行かず、ベッドに腰掛けいつもは俺のより高い位置にある頭を抱き締める。
ペンがノートを走る音が、コンポから流れる曲の合間に耳に届く。
俺はただただその音が止む事だけを待った。




―キスを君に




今日、珍しい物を見た。
いつまで経っても部活に来ない花形を呼びに向った教室、日直だったのか日誌を広げた机に向かい、頬杖を付いて転た寝する花形の姿。
疲れてるにしろそのままにして戻るわけにもいかないと、花形を起こす為に教室の戸に手を掛けた瞬間、もう一つの影に気付いた俺は入るタイミングを逃した。
何度か見た事のある花形と同じクラスの女子が、花形の前の席に座りその髪に触れる姿。
遠目に見ても、そいつが花形にどんな感情を向けて居るのかはすぐに分った。
あぁ、俺と同じか…なんて。
分らない筈が無い、向けた視線が全部物語っている。
その大人しそうな姿からして、伝えられずに長い時間過ごしてきたんだろう。
結局、その場はそれ以上の事は無く終り、女子が離れるのを確認してから何も知らない様に教室に入り叩き起こした。

「何かあったのか?」
「別に」

未だ俺の腕の中ノートに向う花形。
愛想無く返す言葉のわりに、俺は回した腕に力を込めて更に強く抱く。
俺はさっき見た女子とは違う。
自分の気持ちは伝え、今この状況だってそうして俺が作り上げた物だ。
だから気にする必要は無い。
それだと言うのに何度も浮かぶあの光景。
消えろと願うも消えないそれに苛立ちばかりが増していく。
理由なんて分ってる。
同じ感情を持つ別な奴がコイツに触る事が嫌なんて、ただのみっともない嫉妬だ。
こうなってくると花形も何も知らない事を喜ぶべきかさえ分らない。
あの時の事に気付いているなら、もしかしたらもう少し別な事を出来たのかもしれない。
俺自身、今自分が取っている行動のガキ臭さも理解している。

「花形…」
「どうした」
「髪の毛一本から爪の先、お前の感じる全ての事も何もかも引っ括めて…お前は俺のモンだって事は忘れんな」
「………あぁ」

ちょっとした間。
別にと言い続けていた俺のその言葉の裏にある物に気付いたんだろう。
最初から誤魔化し通す気なんて無かった。
誤魔化すつもりなら、もっと上手い嘘を吐いている。
そうしなかったのは気付いてほしかったから、そんな所も含めて俺の恋愛の仕方はガキ臭い。
過度の独占欲もそうだ。
教室で、あの女子が触れていた場所をそっと手に取り口付ける。
それをして何かが変わるわけじゃない、得るのは自分勝手な満足感。
それで良かった。
男同士なんて長く続くモンじゃない、いつか終りが来るなら、今は何も知らないコイツを俺のガキ臭いそれで拘束して自分の手の中におさめていられれば、それで。
子どもなりに愛していられれば良い。
藤真と今度は俺を呼ぶ花形の声に、何だよと返事をする。
手にした一房の髪はそのままに。

「髪を食うな」

あぁ、ほら、だからお前を好きになるんだ。
あの話の流れから尚も俺の考え付かない答えを出すお前が。

「食ってねぇよ、バーカ」






キスシリーズ第四弾。髪の毛にキスは格好良いなぁと思い、スパイスとして後ろにドロドロした感情を入れてみた

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