□キスを君に
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最近何かと忙しく、同じ翔陽の奴等とくらいしか会わない生活が続いていた。
俺と牧は別に恋人なんて関係でもなく、しいて言えば俺が一方的に気になっているだけの関係だ。
そんな相手に偶然とは言え、買い物帰りに会えて嬉しく無い筈が無い…と言うのに、久し振りに会った牧は牧であって牧じゃなかった。
いや、牧なんだ。
確かに牧なんだ。
ただ、牧とは思えないその行動が気になるだけで。
それはもう、ツッコミを忘れるくらいに。




―キスを君に




よう、とか久し振り、とか…そんなよくある挨拶の言葉を互いに並べた後それは起こった。
今まででは決して無かった事。
牧の方から詰められ近付いた距離は妙な程に近い。
先の展開を読めない俺に降り懸かったのは、近付く顔とそれが与えた額への口付け。
それは確かにすぐに離された。
だがそこで気にかかるのは時間じゃない、行動そのもの。
まだされた感触の残る額を押さえ言葉の出ない俺に、牧は何でも無い様に言った。

「額へのキスは友情のキスらしいぞ」

思わず俺の口から零れたのは溜息。
それも、酷く重い。
変だと思ったんだ、期待さえ出来ないくらいに変だと。
当事者の俺じゃなく、傍目から見たって牧が恋愛事に疎いのは分る。
まして、牧からそれが俺に向いてるなんて事はまず間違なく無いと自分でも理解していた。
だと言うのにキスだ、額とは言えキスだ。
だがこれで納得した。

「誰に教えられたんだ?」

額から自分の胸へ手を下ろして深呼吸した後、牧の肩を掴み真剣に向き合う。
本来のこのパターン…牧に変な事を吹き込むなんてポジションはまさに俺のはずだ。
その俺がまさかの驚かされる側。
何処の誰だ。
神や清田…は無いな、まず海南の奴等は多分無いだろう。
コイツに教えて実行されたが最後、まず自分達に矛先が向くのは分る筈だ。
となると陵南の仙道……いや、違うな。
アイツはそれを言い訳に自分がする事はあっても人にやらせて楽しむタイプでもない、何よりアレで学校の枠も関係無く先輩後輩の上下関係にはしっかりした奴だ。
となると、真実はいつも…一つ!
三井。
あの元ヤン、何くだらねぇ事吹き込んでやがんだ。
とりあえず殴りに行くかと、牧の肩から手を下ろしケツポケットの携帯に手を掛ける。

「昨日電話で諸星が言っていたんだ」

新しい事を知って喜ぶちっちぇ子どもみたいに誇らしげに笑う様が眩しい。
諸星…か、想定外だ。
コイツらが元々仲が良いのは知ってたが、まさかここに来てアイツの名前が出てくるなんてな。
牧と同タイプのボケか、永野ばりの常識人だと思ってただけに思い浮かびもしなかった。
何にせよ犯人は分った、牧本人が言っているんだから確定だろう。
更に、それを聞いたのが昨日の電話だと言う事は多分それをしたのは夜。
ここで会った以上、牧も俺同様今日は部活が無いのは明白。
つまり…つまりだ、この牧なりの新しい挨拶をされたのは多分俺が初めて。
それは救いだな。

「牧、それが通じるのは欧州や英語圏だ、多分」
「そうなのか?」
「そうなんだ。だから、もう他の奴にはやるな。ここは日本だ」
「よし」
「……なら俺は今から少し愛知に行く用事が出来た事だし失礼するぜ、またな?」

何度も手の平を握り開きと繰り返して何とか気持ちを落ち着かせて、笑顔を作る。
誰が名付けたか王子スマイル…高野命名うさん臭いスマイルを。
とりあえず、牧が返事をした以上それをこれからも続ける事は無い。
これでひとまずは安心だ。
手を振り牧に別れを告げてその場を立ち去る、手には今さっき買った物ばかり。
それでも気にしない。
待ってろ、愛知の星。
牧に変な事を吹き込んだ罪の重さ、嫌って程に思い知らせてやる。







キスシリーズ第七弾。土屋→諸星→牧経由

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