□変化
1ページ/1ページ

少しの間聞かずに居ただけで、案外簡単に声なんて忘れるもんだ。
それだけの関係だったのか、忘れ様としたからなのかさえ分らない。
ただ、久し振りに聞いた俺の名前を呼ぶその声は懐かしいと思わされると同時に、確かに出来たその距離を俺に感じさせた。




―変化




すっかり暗くなった学校からの帰り道、近道と知っていながらも最近では全く通る事の無くなった路地裏に足を踏み入れた。
いつもなら離れた場所から聞こえる声や音、そこ独特の放つそれが聞こえない事に今日は人気が無いのだと知り、だ。
案の定、過去その場所で見てきた俺も含めた誰かの殴り合う姿なんて物は無くて、少し速足にその場を抜け様と足を進める。
なのに、そこにアイツは居た。
半分を過ぎた頃、暗がりの中延びていたそれは人の足。
わっ、と驚きに声を上げ何とか踏まずに避けると低い位置から俺の名前が聞こえてきた。

「…よう、久し振り。随分ボロボロだな」

急いでいたと言うのに足を止めて、壁に凭れる様に座り込んでいた竜に合わせてしゃがみ込む。
つっても身長の都合で明らか俺の方が目線の位置は高い。
暗い中でぼんやり見える姿。
口端は切れて血が滲み、顔には少し出来たばかりに見える痣がいくつもある。
もう俺に対する興味は失せたのか、それとも状況的にそんな気になれないのか、グーパン一つ飛んでくる様子を見せないのを良い事にその場に居座る事を決めた。
相手を尋ねると珍しく素直に指を折り始めそれは四本目で止まり、それでも勝ったのだと告げてくる。
その体でよく言う。

「もう、止めようぜ。大人になれよ」

少し前まで同じ事を自分もしていたと言うのに、今はこんな姿を見るのが嫌だなんて俺の身勝手な性格だけは他の何が変っても変わりそうに無い。
飛び出した言葉はまさに俺自身が言われた言葉。
それを言われた時はまだ、俺とコイツの間に距離なんて物は無かったのに、今じゃこうして同じ場所に居る事が不思議なくらい差は開いてしまった。
腫れ上がり熱を持っているであろう頬に手を伸ばすと触れるより先に掴まれ、俺から触れる事は拒まれる。

「その言葉、前にも聞いた気がするな」

木暮がそれを言ったあの時、同じ場所に居たんだからそれも当然。
記憶が曖昧なのは自分に向けられた言葉じゃないからだろう。
掴まれたままの手は離される事無く、むしろ引き寄せられた。
しゃがんだ足では竜のその突然の行動に踏ん張りもきかず、俺の体は傾く。
反対の手が肩に触れ、コートのそこに赤い染みが残った。
近くなった顔はやっぱりボロボロで、以前の自分を思い出させるモンだから直視するには辛い。
目を逸すと、狙った様に壁から背を離す竜の顔は益々近付き、一瞬確かに俺の口にコイツのそれが触れる。
あぁ、以前はこんな事もしていたと思い出すだけで、感情には良くも悪くも変化は無い。

「俺には無理」

俺の手を離し立ち上がりながらそう言った姿からは、俺と同じで感情の変化は何も見られなかった。
それ以上は何も言わず、俺が来た道を歩き出す後ろ姿。
それを見て俺も立ち上がり、逆に向かい歩き出す。
狭いと言われるこの世界でも、きっともう、会う事は無いのだろうと感じながら。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ