□イヴ
1ページ/1ページ

久し振りに風邪なんてものを引いた。
風邪を引いて三日、原因は多分…考え事をしながらぼーっと進む帰り道のあの出来事。
車道を勢い良く走る車に引っ掛けられた泥水と海沿いならではの冷たい風。
頭が痛い喉も痛い、ついでに言えば体の節々も痛い。
普段に比べて二度以上高い体温は下がる様子を一向に感じさせない。
一人の時間を持余し、寝る前にベッドの下に落としたのであろうリモコンを拾い上げてテレビを付ける、クリスマスを祝う番組だった。
それを見てようやく思い出す、今日はクリスマスイヴだ。




―イヴ




テレビを眺めてはいるけど内容までは頭に入ってくる事が無い、意識はただ痛みに集中するばかり。
いつからそこにあるのか、母親が置いていったのだと思われるペットボトルのスポーツドリンクを喉に流し込んで、一緒に置かれた喉飴を口に含んだ。
口の中で溶けていくそれが甘い味を広げる。
気持ちの問題でしか無いと分っていながらも、それだけで喉の痛みが和らぐ気がした。
コンコン、と扉を叩く音に続く名前を呼ぶ声。
返事を返すとそこは開き、声の主である母親が姿を見せた。
お客さんよと告げられ、戸の影から顔を見せたのは仙道。
たった数日なのに懐かしい物を見た気がする。
思いがけない仙道の登場にテレビを消して、母親も去り二人にされた部屋の中は妙に静かになった。
内容なんてろくに覚えてないのに、それでも音の大切さに気付く。

「その様子だとまだ良くはなさそうだね」
「まあな」

体が重い。
そんな状態でわざわざ体を起こす気にもなれず、荷物を下ろしベッドの下に座る仙道を見上げる。
素っ気無い返事にふーんと眉を下げ見てくる視線は俺の中の何かに触れる様に、途端に意識が痛みよりも仙道に集中した。
何か忘れている事がある気がする。
この顔、この表情…見覚えがある。
何だ何だと考えるうちに、手を伸ばしその頬に触れていた。
俺の体温のせいだけじゃなく、外を歩いてきた事もあってだろう…ひんやりとして気持ち良い。
突然の俺の行動に驚きを隠せないといった反応で、視線の向ける先に困っているのだろう、キョロキョロと動いている。
この顔も見覚えある。
あぁ、そうだ、思い出した。

「お前、俺の事好きなのか」

泥水を掛けられたあの時、それを考えていたんだ。
疲れが溜まり耐えきれず部室の隅に置かれた椅子に腰掛けてとった仮眠。
近付いてきた足音に僅かに上げた瞼。
目に飛び込んだのは、困る様に眉を下げた仙道だった。
起きるタイミングを逃し瞼を落として寝たフリを続ければ、ごめんと小さな声が聞こえて口に触れた柔らかい感触。
それに気付かぬフリをしたまま少しの間を置いて、いかにも今起きた様なフリをして辿る一緒の帰り道。
その時、目が合う度に逸らされてキョロキョロと視線の向け先に困っている様だった。

「ごめん」

あの日と同じその言葉は答えとしてはおかしい。

「…俺、越野が好き」

あの日俺が悩んでたのは何故だったんだろう。
改めて口にされた言葉は、簡単に俺の中に溶けていく。
当たり前だ。
俺も長く抱いていた感情なのだから。
まるで夢の様な出来事は判断力の鈍る頭での処理に夢となり、現実味をなくしていた。
だけどあれは夢じゃない。
例え今この状態が夢だとしても、同じこの場にいる俺にとってこれは夢じゃない。
お互いの気持ちが同じなら、行動の幅だって広くなる。
頬に触れていた手を頭の後ろへ回し引き寄せて口付けた。
それはただ触れるだけだけど、長いキス。
途中開いた目で見たのは、目を閉じた仙道。

「俺も」

手を離してそう言うと、最高のクリスマスプレゼントだなんて言う姿がその図体からは想像出来ない程幼く可愛く見えて、ツンツンと髪の立ったその頭を撫でる。
さっきのが俺からのクリスマスプレゼントなら、その顔はきっと俺へのクリスマスプレゼント。
そして数日経って判明する。
俺からのクリスマスプレゼントはむしろ風邪の菌だった事を。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ