□男達の夜
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12月26日。
恋人達の甘いイベント、クリスマスも終わり一般的には年末年始に向けて慌ただしくなるだけのその日に、彼らは集まり祝おうとしていた。
クリスマスの前日を祝うイヴがあるなら翌日を祝ったって良いじゃないか!
誰かが言い出したそれに乗った男達は24、25と家族との時間を楽しみその日を迎えた。
クリスマス・アフター。




―男達の夜




それと分る独特の香りを纏った息を吐き出し、花形はスプーンを皿の上へと置いた。
当初の予定は鍋。
しかし、今その時に花形の胃の中を満たすものは全く違う……カレー。
高校生活最後のクリスマスを前に、花形から長く片思いを続けてきた相手に告白し玉砕し、その流れからクリスマスの予定も決まったのは少し前の話。
いくら自分がフラれたとは言え、他人の幸せを壊すのは間違っていると常識的な意見に辿り着いたのは意外と遅くクリスマスを一週間後に控えた頃だった。
それを口にした事により喜んだのは永野。
最悪の場合、我が身さえ安全ならば良いと言う考えに行き着いていた永野は、藤真達が本気で人様に迷惑を掛ける行為に出るのなら止める事も放棄し気合いでインフルエンザになるつもりで居たと花形に対し語っていた。
結果、花形と永野二人がかりの説得により決まったのがこのクリスマスアフター〜男達の夜〜である。
忘年会も兼ね鍋を皆でつつこうと平穏に終わる予定だった…が、そう簡単に終わる筈がない。

「で、俺は鍋の材料を買う様に言った筈だが、どうしてカレーが出て来るんだ」
「俺等が食べたかったから!」

清々しい程爽やかに歯を見せて笑う藤真とペコちゃんの様に舌を出す高野に、永野は一発くらいなら殴っても許される気がした。
が、そこは今更だと何度も言い聞かせて我慢。
そう、今更なのだ。
藤真と高野に買い物を任せた事がそもそもの間違いである。
溜息を吐きながら二人の顔を交互に見、口を開く。

「お前達ももう18だ。高3だ。そろそろ自由に生きるのは卒業しろ、な?」
「あ、ケーキ食おうぜ、ケーキ」
「人の話を聞け!!」

花形の言葉を華麗にスルーし、6つ並んで置かれた箱から自分が持ってきた物へと手を伸ばす藤真。
それに対し珍しく怒鳴る永野だが、それくらいで自分の意思を曲げる程藤真健司と言う男は素直にはできていなかった。
一緒になって箱を取りに近付く長谷川や高野の姿に疲れさえ感じ、諦めが肝心だと悟りを開く花形の言葉に溜息を吐きながら自分も大人しく箱を手にする。
テーブルの上、それぞれ自分の前に置かれた箱。
中央には更に一つ。
それを開けると、一つの箱につき一つのホールケーキ。
五人が皆別々な物を買ってきたとは言え、クリスマス様に飾られたそれは見た目にも甘い。
人数を考えれば、それは一つでも足りた筈。
何故一人一つになったのか…それもまた、悪ノリという勢いに乗った藤真、高野の提案。
フォークや取り皿どころか包丁さえ用意せず、ごくりとツバを飲み込み一斉にそれを持ち口へ運ぶ。
手や口周りの事等一切気にせず、ただただ食べる。

「…っ、男にはただでさえキツい甘さ倍増クリスマスケーキ…それをホール。ヤバい、勝てる気がしない」

手にしたそれの残りが半分を過ぎた頃、藤真が一度それを置き口許を拭いながら呟く。
これは勝負。
自分との、そして普段は仲間である筈の者達との。
ホールケーキの早食い、負けた者は残るもう一つも。
誰よりも早く自分の舌に打ち勝たねばならぬその勝負は、企画をした藤真、高野の予想を遥かに凌ぐ程に容易な物ではなかった。
藤真が一時手を止めるのを見、次々と同じ様に手を下ろす面々の中、ただ一人だけはそれをせずに続ける。
黙々と。
長谷川一志、ただ一人が。
その様子に気付くや見守る男達。

「……俺の、勝ちだ」

苦悶の表情を浮かべ指についた最後のクリームを舐めとる彼の姿に、男達は拍手を送る。
彼の勇姿にブラボー、ブラボーと。
気付いていないのだ、彼が見せたその姿は自分達を地獄へ近付けたのだと。
男達の夜はまだ、始まったばかり。

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