□好き、凄く好き
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―好き、凄く好き




「神さん神さん!」

本格的に寒い冬の朝、その寒さにすっかり温もりを奪われ黙り足を進めるだけの俺に、信長はそれでもいつもと変わらぬ元気に溢れた声で名前を呼んできた。
一体何枚下に着込んでいるのやら、ダウンを着たその姿は道の端に置かれた誰かの作った雪だるまに似て見える程丸く着脹れている。
それでも隠しようのない顔だけは冷たい風に晒されて、鼻の頭はもう真っ赤。
何?なんて尋ねると、人通りの無いその道で信長は好きですよ!とやっぱり元気に、声を張り上げるみたいに言う。

「そう…有難う」

俺は気付いていた、それも大分以前から。
信長が好きって言葉を向ける時は二種類あるって事に。
一つ目はその気持ちを伝えたい時、二つ目は自分にもその気持ちを返してもらいたい時。
今日は二つ目の方、だけどそれに気付きながらも返さないでいると、子どもみたいな膨れっ面を向けてくる。
信長も信長で、いつの頃からか俺がその事に気付いているのを勘付いていたからそんな時に求める言葉を返さないと何時も決まってこの顔をする。
への字に曲げた口、少しだけ横に広がった頬…傍目に見たらきっと凄く間抜けな顔なのに、感情一つでこんなにも可愛く思えるから不思議。
変な顔、と笑いながら右手の親指とそれ以外の指で両頬を内側に押してやると、今度は顔が縦に伸びる。
鳥のくちばしみたいに突き出された口で拗ねる姿は面白い。

「何で今日は好きって返してくれないんですか!」
「好きって言われたいの?」
「当たり前っすよ」

縦に伸びたままの口を何とか動かして声を出す姿に、堪えきれずに笑いを零した。
手を話すとまた拗ねる、今度は多分自分を見て笑う俺に対して。
ごめんごめんと流す様に頭を撫でても、すっかり拗ねてしまったらしく機嫌も顔も戻りそうにはない。
ふいと顔まで背けられてしまって、流石に笑うのはまずかったかなんて思ってはみるけど反省はしていない。
自分でも思うけど少し面倒な性格だ。
それでもやっぱり知っている、現状を打破する術も。
それはとても容易な事で、一言…たった一言で良い。
さっきから望まれていながら俺が言わずにいたその言葉をただ素直に口にするだけで、信長の機嫌も直る。
だけどこうなると今度は逆に言い辛い。
改まると恥ずかしくなるなんて我ながら格好悪いとしか思えない、それでも現状を長く続けるのもやっぱり嫌なんだ。
理由なんて一つしかない。
その言葉を口にしようとスッと息を吸い込むと、冷たい空気が喉を通るのを感じた。

「ノブ……その」
「もう良いですよ、言ってくんなくても!むしろ言っちゃダメっす、もう神さんは二度と俺に好きって言っちゃダメ!!俺は言うけど!好き、俺神さんが凄く好き、大好き、神さんしか見えないくらい好き、好き好き大好き凄く好き超好き」

俺の言葉を遮る様に一息で告げられた突然の禁止令と沢山の告白。
してやられた。
ここまで言われては返せない方が逆に胸に何かモヤでも残る様な気にさせられる。
吸い込んだ息を深々と吐き出す俺にニヤとイタズラに成功し子どもの様に笑う姿。
笑ったり拗ねたりコロコロ変わる表情に子どもらしささえ感じさせても、結局俺と信長の間にはたった一年の差しか無い。
だからそう、俺がそうだった様に信長が俺の行動の意味に気付いていたっておかしくはないんだ。
あぁ、ダメだ、適わない。
そう確信して降参を告げると、もう一度、今度はさっきみたいな勢い任せではなく、静かにその言葉を告げられた。
そう、こんな所も好き。

「俺も好き、凄く好き」

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