□憶病風
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好きだと気付いてからその想いを認めるまでの時間は長く、それを言葉にするのも呆れる程に長かった。
そのわりに付き合う様になってから、体の関係を求めるまではバカみたいに短くて、バスケで昇華なんてそんな事出来る筈も無く驚くぐらい簡単に口に出す。
だけどそれは俺だけじゃなく花形も同じなんだと分ってしまえば他に気にする事なんて無い。
そう思っていた。
だけど現実はそうもいかなくて、折角の恵まれたこの機会だと言うのに俺は今更になって不安を覚えている。




―憶病風




この歳で好きな奴と付き合えて体の関係抜きだなんて事あるわけがない、事実俺も花形も人並みに性欲なんて物があって互いにそれを口に出せずにいただけだと知った。
そんな時になって訪れたチャンス。
二人きりになった俺の部屋。
家の中には他に誰も居ない。
見たい映画があるのだと言って出掛けた母親は多分この先三時間は帰ってこないだろう。
どちらともなく触れた指先、それを絡ませ繋げられた手。
重ねた唇はそれだけでは止まらず、貪る様に、口内で自分のと他人の唾液が混ざる感覚はただただ新鮮で不思議な感覚だった。
良いのかと尋ねてくる不安混じりの声に頷きかけて止める。
こうなる事は分っていたし覚悟もしていた。
俺と花形の体格を考えれば、どう考えても女側をやるのは俺の方だ。
それが自然だ。
何より、母親によく似た女みたいだと言われる自分の顔もそこそこに理解はしている。
自然な流れでいけばより女に近しい俺が女側をやる、だけどそれなら女顔の男じゃなく女の方が良いに決まっている。
だってそうだ、俺も花形も結局今こうなっているとは言え根っこの所は女が好きだ。
最初のうちは俺で良くても、後々やるなら女が良いと思い始めるだろう。

「藤真?」
「…あ、わ、悪い……」
「やめるか?」

俯いたまま黙り込んだ俺を見て俺の気持ちを察したのか、この歳になって尚幼い頃に感じた大人のそれを思い出させる大きな手で頭を撫でられる。
普段から誰にでも分け隔て無く接する花形が、最近になって俺にだけ向ける様になった特別優しく落ち着いた瞳で見つめてくる。
きっとここで首を縦に振れば今日これ以上に進む事は無いし、俺が思う事を全て言ってしまえば否定の言葉をくれるんだろう。
だけど俺の首は動こうとはせず、声も震えるばかりで言葉になる事は無い。
無意識に力を込めた手、伸び始めの爪が花形の手の甲に食い込みようやくその事実に気付いて慌てて唯一繋がっていた手さえも思わず振り払う。
しまった、そう思って慌ててまた手を取れば、花形は何も言わずにまた指を絡ませ手をつないでくれた。

「その…違うんだ、そうじゃなくて…その、だから…」
「もしも怖いなら、藤真が男役をやって良い」

同性である以上その可能性も考えてはいた。
ただ自分の行動のフォローをする事に必死になって空回る俺に、そう付け足す様に言う。
その表情を見るのが何となく怖くて目を合わせずに、心が痛むのに気付きながらも、ごめんと呟いてまた唇を重ねる。
シャツの下に滑り込ませた手。
女のそれと違う、ゴツゴツとした体に触る俺の手付きは不馴れでたどたどしくとてもじゃないが愛撫なんて言えたもんじゃない。
順序なんて分からず、ボタンを外し首もとに口付ければその体が強張るのが分かった。
そうだ、怖くない筈が無いんだ。
俺は花形の言葉に甘え今こうしている。
それを持ち掛けたのは花形の方だけど、だからって怖くないわけがない。
それに気付くと甘えるだけの自分が妙に情け無く、それでも甘やかす花形が尚一層愛しく、そんなコイツにそんな思いをさせている事に申し訳無い気にさせられて、強張る体に口付けながら何度も何度もごめんと呟いた。

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