□であい、はじめました
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7610アンソロ参加作品
 ―であい、はじめました―



 会うは別れの始め。
 出会いこそが別れへの一歩目なのだと告げるその言葉は、これから先もまだ幾つもの出会いを繰り返すであろう15やそこらの彼には複雑だった。しかしそこは彼、清田信長。普段はテストの時期くらいにしかフル回転する事の無い頭のモーターを回して、逆転の発想に挑む。が、なかなか上手くいくものでもない。
 そんな信長に納得出来る発想を与えた人物との出会いは中学三年の夏の半ば、突然に降り出した雨の日。



 止む事を知らない雨。走り帰るには遠く、元来た道を戻るには中途半端な距離。突然のそれを予測する事など出来る筈も無く傘など無い。こんな事になるなら寄り道などするべきではなかったと溜息を零すが、天候はそんな信長の心情等お構いなしと言わんばかりに悪化するだけ。
 本日休業の札をぶら下げた喫茶店の軒下、信長は雨宿りをしていた。男にしては長い髪から雨水が滴る。第二ボタンまで開けたシャツが肌に張り付き気持ちが悪いと、それから逃れる事を望み雨が早く止む事だけを祈った。
 アスファルトを打ち付ける音の中、少しずつ近付いてくるのは水が強く跳ねる音。
その音が止まったのは、信長のすぐ隣り。冷えた体を吹き付けてくる小さな風。その正体は長身細身に女性的とも言える端正な容姿の男。
 男はふぅと息を吐き、そこから天を仰ぐ。信長と同じ様に突然の雨に濡れた男の白いTシャツは張り付き、下の肌の色を浮かび上がらせていた。
「雨、やまないね」
 男は鞄の中から取り出したタオルでその短い髪を簡単に拭きながら、隣りに立つ信長に話し掛ける。
「そうですね」
 見知らぬ男に不信感さえ抱かずに返したのは今現在の状況だけが理由ではない。信長元来の素直な性格と、男のどこか安心させる様な穏やかに話すその声もまた理由であった。
 あ、と何かを思い出した様に男は声を発し、途端、肩から下げた鞄の中に手を入れる。それが出る頃、その手に掴まれていたのは男が頭に掛けたタオルと似たサイズのタオル。
 会ったばかりの男にどうぞと差し出され、信長は戸惑う。有り難く受け取るには図々しく思えるが、男の好意であるのなら断るのもまた失礼だと。
「大丈夫。未使用だから汚くはないよ」
「え、あ…いや、そうじゃなくて」
「そう?じゃあ、もしかして遠慮…とかなら、しないで良いからさ。こうして同じ場所で雨宿りって言うのも一つ縁とでも思って、ね?」
「じゃあ…遠慮無く。あざっす」
 強くなる一方の雨に音は減り、ザァザァと耳に響く音の中他の音は消えていき、今その中に残ったのは二人分の声。だが、その声すらもそれらしい発展は無いまま止む。黙り込んだ二人は、同じ様に空を見上げる。タオルで濡れた髪を拭き、水気を吸う。
 雨の中に混じる僅かな風は濡れた体を冷やすには充分で、肌を掠める様に吹いただけの小さなそれに男は身を震わせた。部活帰りらしき男は信長に比べて薄着で露出した肌も多く、また風向きも男から信長の方へと流れている以上はそれも当然の事。せめてと言う様に肩に掛けたタオルだが、髪に付いていた水分を吸った後のそれは既に肌同様に冷えている。意味は無いに等しい。
 自分もながら、それ以上に寒さを感じさせるその姿を横目に信長は先程の男同様ふと思い出した様に荷物を漁る。今は着崩しは禁止だと学校側に散々言われ参加した高校の見学会の帰り。信長の荷物の中には、その間に着ていたブレザーが入っていた。男がしたのを真似、信長もまたそれを男に差し出す。
「どうぞ。小さくて腕は通んねぇかもしんないすけど、肩かけとくだけでも違うと思うんで」
「でも君も寒いでしょ?俺は大丈夫だから」
「俺は大丈夫!あ、今夏服期間なんでクリーニングの後も今日一回しか着てないし汚くはない…筈」
 自分に気を遣いながらも何処か自信に欠けた信長の言葉に、男は思わずプッと吹き出す様に小さく笑う。
「有難う、でも本当に大丈夫なんだ…その、俺も制服持ってるから。だから、これは君が着て」
 男は差し出されたブレザーを受け取るも、自分ではなく信長の肩に掛けてやる。そうしてまた自分の鞄に手を入れ、今度はシャツを同じ様に自分の肩へ。信長は、ね?と見せ付ける様に自分を見る男と目が合えば素直に頷く。
 話し方や様子から見ても二人の歳の差はあって一つか二つ、それだと言うのに落ち着いたその雰囲気に信長は少なからず惹かれ始めていた。今この雨が弱くなるまでの間の関わりでしかないと言う事は勿論理解もしていたが、意識をすれば尚気になっていくだけ。灰色の空を見上げる男の横顔をただ眺める信長。睫毛が長いとか、目が大きいとか、目に見える所一つ一つをじっくりと見つめる。
 その視線に気付いた男が不思議と言わんばかりに視線を返せば、急なその出来事に信長は咄嗟にふいと顔を背けた。
「……?俺の顔に何か付いてた?」
「いや、その……」
 綺麗だなって、思ったんです。
 その一言さえ出す事が出来ず、気恥ずかしささえ感じ口を閉ざし言葉を飲み込む。頭上に疑問符を浮かべる様な表情のまま自分を見る男の視線もプラスされて、僅かに熱を持った頬を冷まそうとブンブンと顔を振る。しかし、信長にとって意味あるその行動も何も知らない男にとっては不思議そのもの。
「面白いなぁ…なんか、可愛いね。犬みたいで」
 男の目には謎の動きを繰り出す姿はそう映っていたらしく、犬猫等にする様に髪に振れ梳く様に撫でられる信長の頭。触れた事でそこがまだ多分に水気を含んでいる事実に気付いた男は、自分が先程使った後のタオルを信長の頭に掛けると手を動かす。動かないでね、と言われれば驚きながらも信長は反射的に動きを止めた。
 強過ぎない力で掻く様に拭かれる頭。適度に加えられる力といじられる髪は気持ち良く、最初は少なからず警戒していた信長の体から力も抜ける。手が止まる頃には、乾く事は無いながらも水が滴る事もなくなっていた。
 拭かれている間ずっと視界を狭くしていたタオルはなくなり、自然と拭かれるうちに下を向いていた顔を上げると再び男と目が合う。おしまい、とゆっくり告げる口の動きと耳に届く声。
「あ、有難うございまっす!!」
「どう致しまして」
 元気いっぱいに声を張り上げ礼を言う信長。気付けば二人の間に流れる空気は慣れた友人同士の物に近い物となっていた。
 自然に盛り上がる会話。と言っても、話題を振るのはほぼ信長。バスケが好きだと言う事。自分は今中学三年で今日はそのバスケの強豪である海南の見学会に行って来たのだと言う事。そこに凄い二年が居たと言う事。熱く語る信長の話を男は頷き、時に問い掛け等も交え聞いた。その質問はバスケの事ばかりではなく、信長の進路の事なども含まれていて、信長は受かるかは別として海南を受けるつもりはあると答える。
 会話が弾めば時が流れるのは早く、気付いた時には雲間から光が二人を覗き込んでいた。元々雨から逃れる為にそこに居た二人にとって、それは喜ばしい事であると同時に楽しい時間の終りを意味する。天気とは裏腹に、途中からは笑顔しか見せずにいた信長の表情が曇り始めた事に男も気付く。その理由に気付いていながらも、男は残念とも淋しいとも感じさせる表情を見せる事はなかった。それが更に信長の表情から明るさを消す。
「大丈夫、また会えるよ。出会う事が別れの始まりなら、別れは再会への準備だから。それじゃあ、俺は行くね」
「え、ちょっと…待って」
「またね」
「ちょ、タオル…!」
 男は確信でもある様に言って駆け出す。その場に残された信長は男に返しそびれたタオルを手に後ろ姿に向かって呼ぶも気付いていないのか、振り向く事はなくただ見送る事しか出来なかった。
 少し前までの雨が嘘の様にすっかりと晴れた空。足元を濡らす雨水とタオルは長い通り雨を夢ではないと信長に告げる。



 雨の日から数ヶ月経ち、部活に勉強に励んだ信長は海南の推薦枠に入る事が出来た。
 今日は推薦受験者の面接。失敗などしてたまるかと気合いもたっぷりに辿り着いた校門前。すっと大きく息を吸い込み、よっし!と気合いを入れて足を進める。玄関で、昨日持ち帰ってきた中学の上履きへと履き替えていれば、自分のそれよりサイズの大きな靴が目に入る。
「推薦受験者の方ですね。ご案内します」
 その靴からすらと伸びた脚。下からゆっくりと視線を上げる。
 短い髪。長い睫毛。大きな目。高い身長に白い肌。海南の制服を着たその男の姿には確かに見覚えがあった。
「ね?また会えたでしょ」
「……!それならそうと、あの時言ってくれれば良かったじゃないっすか!」
「再会は劇的な方が面白いかなって。ほら、案内するから行こう?遅れるよ」
「くっそ、ゼッテー合格してアンタの後輩になってやりますからね!」
「神。アンタじゃなくて、神。改めて宜しく、受験番号16番の清田信長君」
 穏やかな中にほんの少しのイタズラ心を含んだ笑顔を向けた神と、未だ尚驚きを隠せない信長。この後、神との会話のおかげか緊張がすっかりほぐれた信長は面接官への印象も良く、すんなりと海南への進学が決まる。二人が先輩と後輩として再度出会うのはこれから更に数ヶ月後の話。これは、一度目の再会。


おわり







テーマは「会」
悪足掻き的に「会」の字で始まり「会」の字で終えてみました(笑)

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