□罪と罰 後
1ページ/1ページ

貼り付けた様な表情とそれを奴に悟らせる事の無い、ゆったりとした話振り。
あの日、あの一本の電話から変った己を取り巻く空気とそれを作り上げる環境。
十八やそこらの子供が他に何を言うわけでもなく繰り返す謝罪の言葉。
それは怖い程に悲しく夜の空に響き、涙を流す事なく向かい合う教え子の異常な笑顔を余計に印象強く胸に焼き付けた。
例え夢でも残酷だと言うのに、これは夢でさえ無い。
時代を作り上げていくべき若者の未来さえ守れず、彼等の倍でさえ足りぬ程に長く生きていながらも、何と無力な事だろう。
渇望するは、彼等に与える穏やかな未来。




―罪と罰 後編




「おはようございまーす」

あの夜から月日も流れ、間も無く夏を迎え様としている。
仙道と言う存在はあまりにも大きい。
それは選手としてではなく、それ以前に、一人の人間としてだ。
奴が周りに与える影響は大きい。
そこに空いた穴を埋めるのは容易な事では無く、それでも今またこうして以前と大きく違いの無い生活を送れているのは彼の犠牲と、皆の協力あってなのだろう。

「遅ぇんだよ、仙道!また遅刻してきやがって…もっとキャプテンの自覚持て」
「ははっ、ごめんね越野。明日は気を付けるから」
「ったく…ほら、監督も何とか言ってやって下さいよ」

居る筈の無いその名前を呼ばれているのは、ここ神奈川の高校バスケの世界で去年まで正しくトップに居た男の一人だった。
あの夜、彼が言った一言から…越野は仙道に似ても似つかない彼を、仙道だと思い込んでいる。
それを知ったのはあの後の帰り道。
会話の中に生まれた矛盾。
そして越野の家に着いた時に言ったのだ、また明日な…仙道、と。
彼に向かい。
監督として越野と言う青年を見て来たが、とてもではないが冗談や何かでそんな事を言える男では無い。
つまりは…本気なのだ。
彼を送る帰り道、一度車を止め現状の確認をしたが彼も同じ考えでいる様だった。
今尚、あの時彼が喉の奥から搾る様に出した自分を嘲笑う声が残っている。

「監督、聞いてますか?」
「…あ、あぁ。すまん。仙道、次からは気を付けろ」
「はーい」

あの日から数日が経った日、仙道の事をどう越野に告げるかばかり考えていた。
いや、あの時はまだ混乱したままで正しい判断が出来ずにいたのではないかとさえ思っていた。
結果、己の考え方の甘さを悔やむだけとなった。
いつまでも来る筈の無い仙道を苛立ちながら待つ越野の姿に眉を顰める者さえいた。
その頃に、彼は…藤真健司は来たのだ、この陵南の体育館へ。
仙道が一人で暮らしていたアパートへの引越しを済ませ、入ったばかりの大学へも休学届けを出し、止める仲間達の声から耳を塞いでまで。

「明日はちゃんと来るからさ、許せよ越野ー」
「うっせー!お前毎回そう言っては来ねぇだろうが!」

彼に何故自分の未来を捨ててまで仙道になろうとするのかと聞いた事もある。
その答えは、それが自分への罰なのだと…そう、返ってきた。
自分を捨て他人になる事が罰だと言うのならそれはあまりにも重い。

「集合ー!」

たった一言を発する時でさえ仙道の様に振る舞う。
その罰は、いつになれば許しを得られるのか。
何一つ出来ぬならせめて、せめて彼に許しが与えられる日が来る事を願おう。
体育館に響く彼の声に、己の無力を知りながら。
これも一つの罰なのだと。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ