□お医者様にも草津の湯にも
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意気込むだけ意気込んで、チャンスまで貰っておきながら成功とは言えなかったあの日から更に一週間。
アヤちゃんの風邪も治り、益々二人きりになる事なんて無いまま時間だけが進んでしまった。
最近じゃあ三井さんの視線がちょっぴり痛い。
いや、出来る事なら俺だってしたい。
中途半端ならするもんじゃない…そう思わされるくらい俺は焦っていたんだ、この一週間。




―お医者様にも草津の湯にも




「宮城、今日の帰りちょっと良いか?」

そんな事を言われたのは放課後の部活が始まる前、まだ部員が揃いきって居ない頃。
やらなきゃいけない事があるから遅くなる事を伝えて、それでも待つと言うのだから了承する。
長く待たせると煩いから…なんて建て前を口にして普段よりも急いで。
着替え一つするのにも時間はいつもの三分の一カット。
そこまでする辺り、結局俺がこのチャンスを逃したくないからだなんて、自分で気付いていながらもそうでないフリなんてして、何事も無い様に装い合流した校門前。
中で待てば良いのに、なんて他愛無い話をしながら三井さんの隣りを歩く。
知らぬまま了承した俺も俺だけど、いつまで待っても説明も何も無く続くこの世間話がただただ不思議だ。
あんな事を言う以上、三井さんの方から何かあるのだろう…この様子から言って、別れ話なんかではない筈。

「いらっしゃい、ゆっくりしていってね」

何の用なのか…それを聞けないまま、ただついて歩いて来た先。
表札に書かれた名前にもしやと思いながらも、もう逃げ道も無くせめて落ち着こうと深呼吸を繰り返す。
そうして開かれた玄関の扉。
ただいまーと言う三井さんの声に、表札に書かれた三井の文字は見間違いじゃなかったんだと悟る。
奥の部屋からパタパタとスリッパを鳴らし俺達を出迎えたのは三井さんとの会話を見る限りお母さんなんだろう。
そう言えば、俺が病院に入ってる間に会いに来てくれたんだっけ。
俺は寝てて会ってないけど。

「入れよ」
「あ…お邪魔します」

緊張しながらも顔には笑顔を装備。
お母さんに向かって一礼した頭を上げると目が合って、一瞬だけハッとした様に見えたけどそんな表情はすぐに消えて、変わって見せてくれたのは安心した様な笑い顔。
その表情の意味はガキの俺でも分かるからこそ、何でも無い様にその場を過ぎる。
三井さんもその様子には気付いたんだろう、気まずいと言った顔を見せそこから部屋に着くまでの間一言も喋る事は無かった。
そんなまま案内された三井さんの部屋は予想外にも片付いていて、俺を呼んだのはきっといきなりでもなく、少し前から片付けたんだろう。
初めてのそこに落ち着けるわけがなくて、入口に突っ立ったままの俺に座る様に促す三井さん。
だけど、机用のそれ以外に椅子があるわけでも無ければ座布団や何かがあるわけでも無い。
つまりは何処にでも座れるこの部屋。
逆に何処に座れば良いのか分らない。
それに追い討ちを掛けるのは三井さんが今まさに座っている場所。
ベッドの上ってアンタ…。
誘われてるのか警戒されてないのか。
…警戒、されてないんだろうな。
一週間前のあのチャンスすら結果が結果だったし当然と言えば当然なんだけどさ、男としてそこはやっぱり傷付く。

「何してんだよ、早く座れって」

そう言って三井さんが促す先は…ベッドの上、三井さんの隣り。
いくら特別な仲だとは言え、男二人がベッドの上ってどうなんだ。
家の中にはお母さんだって居るんだし…。
なんて一人悶々とした所で、そう言う所には気付かないのか三井さん。
徐々に不機嫌を表情に見せ始めるもんだから、これ以上機嫌を損ねられる前にそれを止める為にもグダグダ考えてはいられない。
ずっと持ったままの荷物を下ろして、三井さんの隣りに座るとベッドが僅かに沈む。
まだ消え去らない緊張感。
壁に背中を預ける。
会話は全く無い…当たり前だ、いきなり部屋に招かれては頭も回らない。
そんな状況なのに気付いているのかいないのか、三井さんの方から話し掛けてくる事も無い。
妙に時間の流れが遅く感じて、何度も何度も枕元の時計を横目で見るけどその度に進んでいるのは一分やそこら。

「なぁ…」

多分、そこに座ってから五分やそこらしか経っていない。
それでも俺には長く感じる沈黙を破ったのは三井さんの方だった。

「俺、また一週間待ったんだぜ。一体いつまで待たせんだよ」

掴まれた胸元は一気に引き寄せられ、重なったのは口…かと思いきや、まさかの鼻。
ガツッと強い音がしてぶつかった俺と三井さんの鼻は赤い。
自分の鼻を押さえながら三井さんの様子を伺えば、機嫌はもうこれ以上は無いんじゃないかってくらい落ちてしまって悪い。
このままじゃ、チャンスを逃すどころか無くなる!
咄嗟にそんな考えが浮かんで、思わず俺の方から三井さんの両肩を掴んでいた。
睨む様に見てくる目。
負けじと見返して、右手で頬に触れると少しは俺の気持ちに気付いてくれたのか、確実に俺に向けた視線が柔らかくなった。
今なら…そう思って少しずつ、少しずつ顔を近付るうちに閉じられた三井さんの目。
ゆっくりと重ねた唇は思った以上に柔らかくて、それをしたと頭が理解したからなのか、途端に高鳴りだした胸が煩い。
よくよく見ると三井さんの目は固く閉じられていて、体も少しだけど震えている。
そんな姿は普段見せる姿とまた違っていて…そう、可愛いと思わされた。
まだ赤みの引いていない鼻、額、瞼と順に口付ける。
何だか、口付けた所から順に俺の物になっていくみたいで嬉しい。
思わず上がってしまう口角。
でもまだ終わらない。
最後にもう一度唇を重ねる。
そこに合図なんて物は無い。
だけど、自然と開かれた唇に舌を絡ませ合う。

「寿、ご飯よー。宮城君も用意したから是非食べて行ってね」

扉の外から聞こえてきた声に二人揃って肩が跳ね、慌てて体を離した。
狙った様なそのタイミングに思わず笑いが零れる。
顔を合わせ様とはしないまま、行こうぜと立ち上がる三井さん。
だけど後ろから見た耳はまだ赤くて、それに本人が気付いていない事も可愛いと思った。
時間が経てば経つ程夢中にさせられる。
三井さんがドアノブに手を掛ける所を呼び止めて、名前を呼べば、やっぱり振り向いてもらえる事は無い。
だからそれもチャンスと考えて、後ろから抱き締めるけど抵抗は無い。

「またしましょうね」
「…うるせーよ、バカ」

どんな憎まれ口を叩かれても、医者にも草津の湯にも治せない病はまだまだ続きそうだ。
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