□カマキリ
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小さい頃、おばあちゃんの家に遊びに行った時にカマキリを捕まえた。
まだ幼稚園やそこらのぼくは虫を育てる事に興味があったし、おかんも了承してくれてソイツらを育てる事にした。
それから少しして飽き始めた頃、幼稚園のキャンプから帰ってきたぼくの目に飛び込んできたのは…。
幼心にそれが示す事を理解したぼくは気持ち悪くて気持ち悪くて吐きそうなのに、それから目が離せずただただ見つめる。
その後は吐いて、泣いて、怖くなって近くの公園に放したのを覚えている。
中学の時にふとそれを思い出して図書室の図鑑で調べてみた。




―カマキリ




珍しく集まったのはぼくの部屋。
二階のこの部屋からはあん時カマキリを捨てた公園が見える。
中学の時に一度思い出したきりで忘れていたのに、今日に限ってあの時の夢を見たせいか、目が離せずにいた。
そしてまた今日に限って南君は遅れて来ると言う。
つまり、今現在この部屋にはぼくと岸本君の二人きり。
言ってしまえばベタベタひっつくチャンス…でも、ぼくの頭の中はあの日のカマキリでいっぱい。
ぐぅ…と音を鳴らすお腹。
思えば、朝からそれで気分が悪く何も口にしていない。
パソコン用の椅子の上、机を掴み勢いを付けて回ってみる。

「あー……」

気を紛らすどころか、ただ目が回り疲れただけ。
南君がくればお昼ご飯も出来るけど、メールの感じだとあと10分は来ない。
あの時のカマキリのメスも、こんな気分だったのかと…重ねてみると何とも面白い。
閉ざされた部屋の中、居るのは腹を空かせたぼくと岸本君。
南君が来ればご飯にありつける。
南君のポジションはそう、あの時のぼく。
ギッと音を立てて、もう何年も使っている古い椅子から立ち上がり、ベッドで横になる岸本君に近寄る。
ぼくの行動に気付いていないのか、それとも気にしていないのか…反応は無い。
ぼくに背を向け、来る途中で買ってきた漫画雑誌と睨めっこ。
男二人乗せるには不安な安く古いベッドに腰を掛け、背を丸めて身を近付ければようやく反応を見せぼくを見た。
邪魔をするな、口に出さずとも目がそれを告げてくる。
だけどそれを気にせずに、岸本君の肩をベッドに押し付けると次第に顔に現れ始めたのは怒り。
それは、普段の疲れや呆れを含んだ物じゃない。

「離せや…」
「いやや言うたら?」

身長的な差はほぼ無い…とは言え、ぼくに比べたら岸本君の方が幾分筋肉の付きが良い。
普通に勝負したら多分力では勝わん。
でも、今はぼくが上から押し付ける形。
体重を掛けられる分ぼくの方が有利なポジション。
その上、肩なんて押さえられては動くのは肘から下だけ。
岸本君の性格上そこで大人しくしてくれるわけが無くて、掴まれた手首には彼の与えられる限りの力を加えられ痛みが走る。
だけど、ぼくも離す気にはなれんくて身を乗り出し余計に体重を掛ける。
そんな事をしながらも、尚も考えているのはあの日のカマキリの事だった。
ぼくが見た時にはもうそれは始まっていて、最初を知らない。
あのメスは始めにまずどうやったのだろう。

「離せ…」
「なぁ、岸本君は知っとった?カマキリのメスってな…」

卵が出来た頃、エサだけで腹を満たせる環境におらんと…一緒に居るオスの事、食べちゃうらしいで。
岸本君の言葉を遮って言ったぼくの言葉に続く様に、タイミング良くまた鳴り出したお腹。
すぐにでも何か食わんと死んでしまいそうな程お腹が空いてるわけとちゃう。
だけど、だけど今は何故かあのカマキリのした事を気持ち悪いと思う事は無くて、何だか無性に…。
例えば、チープなホラー映画には好き過ぎて殺しちゃう話もあるし、一昔前の恋愛モンなんかだと食べちゃいたいくらい可愛いなんて口説き文句さえある。
だけど、あのメスの中にあったんはそんな可愛い愛情なんかじゃなくて、食欲。
子どもを生かす為かもしれない。
でも、それは結果でしかなくて先に有るのは食欲だと思うと、ぼくは妙な興奮を得ていた。
ゆっくり、ゆっくりと顔を首筋に近付て口付ける。
肩が跳ねたのは擽ったいから?
それとも、怖いから?
薄く口を開いて歯を立てた瞬間、頭に触れた温もり。

「空腹に負けて岸本なんざ食ったら腹壊すで」

いつの間にか開いていた扉。
岸本君から手を離し頭の上の温もりを掴む。
ぼくの頭に乗せられていたのはタコ焼きを入れたパック。
しかもそれはまず間違なく何度か作ってもらった南君お手製。
それは一旦ぼくの手を離れて南君の手へ移動し、そしてテーブルの上へ。
そして促されるままベッドを降りてテーブルの前におっちゃんこ。
またまた鳴ったぼくのお腹にパックは開けられ、まだ熱いそれを爪楊枝に刺して口に運ぶとソースの味が口いっぱいに広がる。
いつまでもベッドの上に寝転がったままの岸本君に食べんのなんて訪ねてみたら、ちょっとだけ付いた歯形を押さえながら目一杯怒鳴られた。
人間お腹が空くと短気になってあかんなぁ…って言うお話。
因みにこの後おかんが用意してくれたお昼ご飯と一緒に南君お手製のタコ焼きもお腹いっぱい頂いた。
勿論美味しかったのは言うまでもない。

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