□今はただ、良い夢を
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それは藤真が監督を兼任する様になって少し経った日の部活後、皆が帰り静まった部室。
夜も遅いと言うのにバスケ部の部室の明かりは今尚消えはせず。
備品のチェックを終えた花形は、日誌を書くのに集中している藤真を置いて財布を片手に部室を出る。
もう随分と前に閉まっている購買は電気も消え、暗い廊下の中で唯一光るのはその前に置かれた自動販売機の明かりのみ。
財布の中を確認すれば、そこにあると予想していた百円玉は無い。
あるのは数枚の十円玉のみ。
仕方が無いと言う様に取り出した千円札を入れ、押したボタンにガタンと音を鳴らし落ちてくる缶。
返却のレバーを下ろさなければ出てくる事の無いお釣りに、一度手に掛けたレバーから手を離し、押したのは自分が持つコーヒーのとは違うボタン。
先程同様にガタンと音を立てて落ちてきたスポーツドリンクの缶を同じ手に持ち、部室への道を戻る。




−今はただ、良い夢を




「藤真?」

部室に戻ってきた花形が目にしたのは、机に突っ伏した体勢で動こうとしない藤真。
慣れない監督としての役目と仕事に疲れが溜まっているのは目に見えて明らかだった。
体調を崩したのでは無いかと不安を一つ抱え花形が藤真に近付くと、すぅすぅと微かに聞こえてくる。
自分の腕を枕にでもする様に、目を閉じている姿は藤真が寝ていると花形に理解させるには簡単。
遅い時間であると言っても、それは他の部活に比べてであって普段自分達が残っている時間になるにはまだ数十分ある…そう、壁に掛けられた時計を見て確認すれば、花形は椅子の背凭れに掛けていた自分のジャージを藤真の肩に掛けた。
校内である以上空調に決して問題は無い。
それでも季節がら油断は出来ない。
約20センチの身長差を表す様に、花形のジャージは藤真の体を覆う。
起きる様子は無い。
隣の椅子を引いて腰を下ろし、藤真の分にと買って来たスポーツドリンクの方を机の上に置いて自分の方の缶の封を切る。
一口程喉に通して潤せば、その缶を置き代わりに手を伸ばした先は横に置かれた日誌。
細やかな字で埋められたそれは既に空欄らしい場所も無く、それを書き終えた達成感から気が抜け今に至るのだと想像出来た。
パタンと音を立ててそれを膝に置き、花形が改めて触れたのは自分のに比べ色素の薄い髪。
そっと触れるが藤真はまだ起きない。
ゆっくり、大きな手で撫でる。

「…いつでも頼ってくれて良いんだからな」

前髪を分けると現れた傷跡。
それを避ける様に触れた唇。
呟く様に花形の口から零れた言葉は、その声量を無視するかの如く静かな部屋に広がった。
ふと自分のしている事に恥しくなり手を退き立ち上がれば、その勢いに押され椅子は大きな音を鳴らし倒れる。
ん…と腕の中に篭る藤真の声。
閉じられたままの目に安心感を得ながらも、花形は煩くなる胸の鼓動を抑え様と逃げるように部室を出る。
残された藤真は、スッと瞼を上げる。
熱があるわけでは無い。
だと言うのに熱く感じる額。
徐々に赤く染まる顔を隠す様に、藤真は肩に掛けられた大きなジャージを頭まで被った。

「ずっと起きてたっつーんだよ…ばか」

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