□ジャック
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『怠け者でズル賢い男は、天国には入れてもらえませんでした。仕方が無く地獄の門へと向うと、そこに居たのは生前に契約した悪魔。悪魔は言いました。お前の魂は取らないと契約をした、だからお前は地獄に行けない。男は困りました。自分の行く場所が見付からないのです。そんな男に悪魔は火を一つ分けてあげました。男はカブの中にその火を入れてランプにし、長く長く、行く場所を求めて彷徨う事になってしまいました』

幼稚園の頃に先生が言っていたハロウィンの話を、久し振りに思い出した。
カレンダーを見ると今日はまさにその日。
きっと神さん辺りは気付いてお菓子を持って来てるだろうと睨んだ俺は、それを楽しみに学校へ向った。




―ジャック




「トリック オア トリート」

部活も終わった帰り道、今日は歩き。
俺の方から言う筈が、うっかり神さんに先に言われてしまった。
貰う事ばかり考えていた俺は当然お菓子なんかも用意していない。
牧さんや宮さん、クラスの女子から貰った分はもう食べたし、学校での間食用のはロッカーの中。
鞄の中に手入れて探してみるけど、飴一つさえ出てこない。
そんな俺の様子をニコニコと笑いながら見てくる神さん。
明らかに俺が何も持っていないのを分っててこのタイミングで言ってきている。
何も無かった?と尋ねてくる笑顔は変らない。
俺は、ちぇっと呟いて頷いた。

「なら、トリックだ。ノブ、今から俺が良いよって言うまで目開けちゃ駄目だよ」

言われた通りに目を瞑る。
明るい所でなら兎も角、時間のせいか辺りは暗くて閉じた目に入り込んでくる光も本当に少ない。
それが何か、些細な程とは言え恐怖感を与えてくる。
俺の手に触れる神さんの手。
それを引かれて数歩歩くと、背中が何かに当たる。
空いた方の手を後ろに回して確認したら、何て事は無い、電柱なのだと分って安心した。
目を開けない事には自分から何かをする事さえ出来なくて、冷えた秋の風が寒い。
いつもの優しい声で名前を呼ばれて、ギュッと前から抱き締められた。
暖かいけど、周りが見えないだけに余計誰か居るんじゃとか、そんな不安が浮かぶ。
大丈夫、そう耳元で呟かれて、音をたてる様に耳にキスをされて少しじゃなく恥ずかしい。
どんな顔をしてるのかさえ分らない。
それでも、良いって言われるまでは開けたくない。
俺の意地。

「ノブはハロウィンのカボチャの提灯の話って知ってる?」
「アメリカに伝わる前はカブの話だった奴っすか?」
「うん。じゃあ、その続きは?」

耳に息を吹き掛ける様に話してるのは、わざとなのか気付いて無いだけなのか。
どちらにしろ今はそんな事関係無くて、神さんの質問に俺は首を横に振った。

「そっか…」

少し寂しそうな声。
今、きっと複雑な顔になった、そんな気がする。
実際の所は分らないけど、そんな顔ならさせたくなくて俺から背中に腕を回して抱き締めた。
少し聞いて…。
消え入りそうな程に小さな声で囁かれて、はいと返事をすると、神さんは囁く様な声のまま俺の肩に顔を埋めて話始めた。

カブをランプに歩き回った男は、世界中を歩き回った。
何年も、何年も。
それでも本来なら死んだ自分を受け入れてくれる場所も人も無く、男は嘆く。
あぁ、何故俺は。
男は決意した、天国へもう一度行こうと。
契約を交わした地獄に入る事は叶わない、それなら、もう一度だけ天国へ。
生きている間誰も彼も利用し続けてきた男にとって、一人を怖いと思う日は無かった。
それがどうだ、本当に一人になった時に感じるこの恐怖は、不安は。
一人で彷徨う事に耐えられなく、涙を流し天国への道を歩んだ。
男が天国に辿り着いても、男が入る事は許されなかった。
そんな男を不憫に思った誰かがこう言った。
『一度チャンスをあげてはどうでしょう。もしも、もしも悔い改め本当に夢中になり全てを懸けられる物を見付け、そんな彼を認め愛してくれる人に出会う事が出来たら、天国で受け入れては』
その言葉に異論を唱える者は居らず、男はまたカブのランプを片手に生きた人の世界を歩き回り、自分を懸けられる物を見付けて一度のチャンスと言われた特別な魔法で人の姿になった。
最後のチャンスだと始めたそれに、その事実すら忘れる程男は夢中になり、打ち込んだ。
怠け者と言われた事等嘘の様に。

話が終わって離された解かれた腕。
俺の方も離すと、ヒュッと吹いた風の寒さに体が震える。

「愛してくれて、有難う」

突然の突風に邪魔された神さんの声、何を言っているのか何とか聞こえたくらい。
これがイタズラ?
俺はただ話を聞いていただけで、イタズラらしいイタズラと言えば耳にされたキスくらい。
何となく様子がおかしくて、神さんと名前を呼んだ。
返事はない。
何度も何度も繰り返して呼んでいるのに、神さんの返事は無い。
嫌な予感がしてきた。
おとぎ話みたいにしてくれたジャック・オ・ランタンのその後の話。
そんな筈は無いけど、もしその話が物語とかじゃなく本当の話で…。

「神さん!」

耐え切れなくて目を開けて、叫ぶ様に読んだ。
目を開けたら飛び込んで来る筈だった姿がそこに無くて、溢れそうになる涙を堪えて、くぐもった声でもう一度名前を呼ぶ。

「何?」

後ろからの声に振り向くと神さんがそこに居て、イタズラ成功だとさっきまでの笑顔で言った。
途端に許容値オーバーで溢れ出した涙。
ひでぇやとそれを拭い笑い返すと、まだ涙の浮かぶ目尻にキスされて、ごめんと謝られた。
謝らなくて良い、そこに居てくれて良かった。
そう告げようか迷ってやめた、不安にさせた涙の分くらいは仕返ししときたかったから。
その日、恥ずかしいけど残りの道は手を繋いで帰った。
近くに居る事を実感したくて。









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