□V
1ページ/1ページ

4月、陵南高校入学式。
東京から来た俺に知り合いは居ない、まずは馴染もうと教室に入ってすぐ周りの席の子との挨拶がてらの自己紹介を済ませる。
元々人見知りの無い俺に皆の反応も良く、笑顔でヨロシクと言ってくれる人ばかりで安心できた。
だけど、入学案内に書かれていた時刻迄残りは5分やそこらだと言うのに空いたままの俺の左の席。
廊下側から交互に男、女と並んでいる以上隣りにくるのは女の子だと分る。
きっと担任になるであろう先生が、俺の左隣りと時計を何度も確認している。
残るはその席だけ、初日からこれじゃあ先生も不安になるよななんて同情していると、教室の前の扉がガラリと音をたて開いた。
体のサイズに合わない大きめのパーカーを着た小さい女の子。
前の開いたパーカーの下には、他の子と同じ真新しい制服を着ていた。
一瞬目が合った気がしたけどそんな事は無かったらしく、先生に促されて俺の隣りに座るその子は、良く言えば元気な雰囲気が印象深い子だ。
女の子に対して、キャーと甲高い声を上げて何にでもはしゃぐと言ったイメージの強かった俺にとって、新しい風みたいな物を彼女は作ったのかもしれない。
「はじめまして。俺、仙道。仙道彰。君は?」
先生の話が終わって、入学式の会場である体育館に入るまでには時間があった。
思い切って隣りの子に声を掛ける。
いきなり話したからなのか、その子はキョロキョロと辺りを見回してようやく自分が話し掛けられているのだと気付いた。
「越野。ヨロシク、仙道。教室入って来た時から思ってたけど、お前背デカいな」
高くはない声で素っ気無く名前を告げた越野は、椅子ごと俺の方を見ると机に肘を付いて俺を見上げてきた。
その話し方は女の子としては特殊と言うか、男友達と話している気にさせられる程荒っぽかったけど、それが逆に話易い気にさせる。
身長の事についてはバスケをやっていると言ったら納得した様で、体育館への移動が始まるまでの間、二人で好きな物とか最近やったゲームとか色々な話をした。
短い時間の中で沢山話した気がする。
その会話の中で知った事だけど、大半の新入生には今日の入学式を見に親が来て居る中、越野は俺の家同様に親が来ていないらしい。
理由も同じで、仕事の休みが取れなかった…って事だったけど、それならこのチャンスを逃すのは勿体無い。
親が来て居ない者同士〜なんて軽いノリで途中まで一緒に帰ろうと声を掛けてみると、思った以上にアッサリとOKの返事がもらえて、その日、俺達は二人並んで校門を出た。
中学時代バスケ部の友達と一緒に居る事が多かった俺は、慣れない女の子の歩幅に合わせるなんて事をしたせいか家に着いた頃には妙に疲れていた。
だけど越野と話す時間は楽しくて、そんな疲れなんてどうでも良いと思う自分がいる。


****


入学式の日から一週間が過ぎ、あの翌日には俺もバスケ部に入ったせいか結局は越野と帰れて居ない。
毎日帰りは遅いのに誘える程の親しいかって言われればまだ一週間やそこらの仲だし、何より男の俺が女の越野にそんな事させるわけにもいかない。
それこそ、特別な仲とかなら言っても良いんだろうけど俺と越野に友人以上の関係は無かった。
俺は俺、越野は越野で友達も増えてきている。
それでも少しは話す時間が欲しいななんて考えていたのが気付かれたのか、今日、越野の方から「昼飯ぐらいは一緒にどうだ」と誘われて、俺は浮かれていた。
ザァザァと降り続ける雨なんて関係無い程気持ちは晴れている。
「あ、仙道。今帰りか?」
同じ部の奴等と別れて、俺の家まで残り5分やそこらまで来た時に、予想外の相手に声を掛けられた。
今まさに考えていた相手、越野。
ビニール傘を差して、反対の手には男物の深い紫色の傘を持っている。
彼氏の、とかかな?
そんな話は聞いていないけど、高一なんだし居て変な話でもないけど、何か…嫌だな。
何でか分らないけど胸が痛い。
普段ならそんな事無いのに、変にイライラしてくる。
「何か用?」
自分が思った以上に低い声が出て、目の前の越野の表情が一瞬強張ったのがはっきり分かった。
「いや、別に…この近くで働いてる父親に傘届けに来たら見掛けたから、部活だったならお疲れさんくらい言いたかっただけ。悪い」
父親…の?
その言葉を聞いた瞬間に何故か胸の痛みは引いたけど、気を遣う様に苦笑いを浮かべる越野を見ては晴れやかな気分にはなれなかった。
じゃあ明日、とだけ言って背を向けた越野が一歩足を進めたものだから、思わず手を掴んで引き止めてしまった。
何を言いたいのかも分らないのに。
どうしようどうしようどうしよう。
何言えば良いんだ。
動け、動いてくれ俺の頭!
「えっと、ごめん…ちょっと考えて事してただけだから。その、気を付けてね?」
上手く言葉が出てこなくて、途切れがちになりながら言った言葉に越野はさっきみたいなのとは違う。
今の天気みたいなのじゃない、晴れた空みたいな可愛い…でも、虹みたいに綺麗な笑顔を見せてくれた。
途端に掴んでいた手が恥ずかしくなって慌てて話したら、変な奴だと今度は声に出して笑われた。
その顔が凄く、凄く可愛くて、胸が高鳴るのを自分で感じる。
一週間前に現われて俺の世界に新しい色を加えてくれた越野。
俺はそう、越野に恋をしたんだ。


続く

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ