□I
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入学式から一週間たったある日、帰りの道で越野に会って、そこで俺は越野に恋をした。
だけどそこから発展らしい発展の無いまま時間だけは流れて、気付けばもう季節は夏。
試合を順調に勝ち進んだ陵南バスケ部。
それに伴って部に割く時間も増えて、越野と会う時間も減っていった。
学校生活に慣れ始めた頃には席替えもして、今となっては席さえ遠い。
廊下側一番後ろの俺は、毎日の授業中は真ん中の前から3番目に座り黙々とノートを取る越野の後ろ姿を見て過ごした。
それでも、以前の様に隣りにすぐ居ない状況は歯痒い。
そんな俺にとって楽しみなのは、勿論昼休み。
あの後お互いに友達も更に増えたけど、変わらずに俺と越野は一緒の昼食を取っている。
特にそれを止める理由も無いから切り出されていないだけ、って言えばそれまでだけど。
「そうだ、仙道」
「ん?」
わざわざ俺の席まで椅子とお弁当を持ってきて、向かい合って始めたご飯。
他愛ない会話をしていたかと思えば、ふと越野が話題を切り俺の方を見る。
口に白いご飯を含んだばかりの俺は言葉になっていない返事をして、箸を咥えたまま顔を上げたら箸をしゃぶるなと怒られた。
この数ヶ月で知ったけど、越野は少し口煩い。
でも、そこも何か落ち着く。
「バスケ部決勝まで進んだんだろ?」
あぁ、と箸を置いて頷いた。
俺の口から行った記憶は無いけど、決勝までってなると知れ渡っていても変じゃないものなのかな。
言われたのは頑張れよなんて定番的な言葉。
それは今日までにも状況を問わず色んな人に言われてきた言葉なのに、別な言葉に聞こえてしまう程俺の気分を昂揚させた。
数ヶ月経って、俺の気持ちだけが見せる確実な変化。
あの時感じた好きが今じゃ小さく感じるくらい、越野の言動一つ一つに振り回されている。
「あぁ、頑張ってくるよ」
きっと今の俺の顔は、凄い笑顔なんだろう。


****


監督の都合とやらで今日はいつもより少し早く部活が終わった。
早くって言っても、他の部に比べたら遅い方だけど。
夏の夜、陽はまだ長いせいか外は何とか明るい。
明日までに提出しなきゃならないプリントを教室に忘れた事を思い出して、帰り道が同じ方向の奴とは先にさよならをして教室に向った。
もう、殆どの部活は活動も終わって帰っているみたいで、廊下も静まり返っている。
カツンカツンと自分の足音だけが響くその空間はちょっとしたホラーだ。
こんな時に限って学校の怪談とかそんなのを思い出すのはどうしてなんだろうかとか、そんなくだらない事を考えながら歩いていると、教室に一番近い曲がり角を曲がった瞬間に胸の辺りに強い衝撃。
わっ、と聞き慣れた声が聞こえて、続いたのは何かを床に落とした様な音。
「ごめん、大丈夫……あ、れ?」
「いってぇな……あ、仙道。今日は部活終わったのか?」
目の前に居た声の主に手を差延べると見知った人物と目があった。
そりゃ声に聞き覚えもあるよ、毎日話してる。
越野は差し出した俺の手を取りグッと力を入れて立ち上がった。
何でこんな時間にとか何してたのとか聞きたい事は沢山あるけど、まずは越野の質問にうんと簡単に返す。
尻餅をついたからなのかスカートの埃を落とす姿に、大きな痛みや怪我も無いみたいでまずは安心。
「なら久し振りに一緒に帰んね?」
越野本人にしたら何でも無い事なんだろうけど、俺にとってその言葉は嬉しくないわけがないから、迷う事なく誘いを受ける。
まずはここに来た目的を済ませなきゃと、教室に向っていた事を伝えすぐに戻ってくるから待って居る様に言う。
早くなと急かされて足速に教室へ。
机の中に入れたまま残されてた教科書に挟まれて、目的のプリントを見付ける。
それを縦横一回ずつ折って鞄の奥に。
教室の中には俺以外の姿は無い。
電気を消して越野の待つ場所まで駆け足気味に向って、久し振りに並んで玄関を出た。
遠くに見える空が、夕日も沈もうと藍色に変り始めている。
久し振りに歩く二人の道は、一人で通る道とは違って見えて楽しい。
あぁ、もうこんなに葉は繁っていたのか。
毎日ただ家へ帰る為に通るだけで、目に見える季節の変化にさえ気付かなかったのに。
「そうだ、越野。決勝!決勝の応援に来てくれない?暇ならで良いからさ…俺、越野が来てくれたら目茶苦茶頑張れそう!」
思えば、練習試合どころか部活すら越野は見学に来てくれた事が無い。
興味が無いなら観に来ないのも勿論分るけど、興味が無いとも思えなかった。
何度か話の流れで部活の話をした時も、返答の中にいくつか気になる発言があったのを覚えている。
もし観に来る事が切っ掛けが無いだけなら、これは良いチャンスだ。
そうなら是非にでも、違うなら無理強いはしない。
そう自分の中で決めて、いつまでも返事の無い低い位置にある越野の顔を覗き込む。
逸らされた目と寄せた眉。
嫌…って感じではない。
どちらかと言えば困ってる様な、そんな顔。
「用事とかあった?」
「いや、用事とか…じゃないんだけどな。うん。まだ、吹っ切れて無いっつーか…」
何を?なんて聞く事さえ出来ずに居た。
気にならないわけじゃないけど、俺が踏み込んで良いのかさえ分らない。
「少し昔話しても良いか?」
声に出さず、頷く事もせずにポンとその頭に手を置いて、柔らかい髪に滑らせ頭を撫でた。
俺はたまにうんとか相槌を打つだけで、他は黙って越野の話を聞く。
数ヶ月一緒に居て始めて聞く話。
越野は、やっぱりバスケをやっていた…それも、小さい時から。
越野の通っていた中学校は俺も知っている有名な私立の学校で、バスケ部に力を入れて居る事も聞いていた。
そこで疑問に思ったのは場所、その学校は神奈川どころか関東でさえない。
でも、その疑問もすぐに解消される。
小学生の頃からバスケをしていた越野は、親も了承した上でその私立中学に入ったらしい。
けど、3年になる頃に親に言い渡された転勤。
バスケを続ける事を望んだ越野はそのまま寮に入り高校、大学と続けるつもりでいた。
そんな越野の3年の夏に前コーチの病気療養に伴い現われた新しいコーチから言い渡されたのは、スタメンからユニさえ貰えない立場への降格。
新しいコーチはパッと見の決断をする類の人間らしく、身長の伸び悩んでいた越野に対する対応は顕著にそれが見られたらしい。
事実、越野は小さい。
150半ばくらいだから、女の子の平均にも届かないくらいだ。
身長が伸びない以上先は無いと言われた越野は、親の居る神奈川の高校を受験して、今こうして陵南に通っている。
そんな話だった。
俺は直に見たわけじゃないから越野の実力は分らないけど、力を伸ばし導く立場に居る人間が無責任な言葉で道を潰したその事実には腹立たしくなる。
俯き、ごめんと謝る越野の頭を何度も何度も撫でた。
謝っているのは、不愉快にさせたとか思っての事なんだろうけど、越野に謝ってもらいたくは無かった。
「話してくれて有難う。無理はさせたくないから、越野が観たいって思える様になったら応援に来てよ。まだ夏は始まったばかりだし、それに来年も、再来年だってあるからさ」
「……あぁ」
目尻に涙を浮かべて笑い見上げてくる姿に強さみたいなのを感じて、守ってあげるなんて言えないけど、せめてこれから先越野の傍に居るのが俺なら良いと勝手な事を思った。
ほら、また俺の中に色が増えた。


続く

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