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夏が過ぎ秋も終盤、木の葉は散り始めていた。
一足早い冬の風が俺の頬を撫でる。
結局決勝の間に会場で越野の姿を見る事は無かったけど、IHへのチケットを手に入れられ無かった以上これはこれで良かったのかもしれない。
元より、そんなに早く越野の中で気持ちに決着がつくとも思っていなかったし。
ただ、あの日…越野が俺に話してくれた日以来、少なからずあった変化。
越野は、それまでに比べて俺に部活の話を聞く様になった。
それと、その話を聞いてよく笑う様になった。
それを良い変化だと思っていたんだ、だって、越野がバスケを嫌いになったわけじゃないんだって分かったから。
それに、話せる内容が増えたから。
……だけど、まさかその事が切っ掛けて俺があんな事をするなんて。
瞼に焼き付いたかの様に目を閉じても何をしてても浮かび上がる青痣。
越野の肌に残るそれを付けたのは他の誰でも無い、俺自身。
謝っても謝っても足りない、顔さえ合わせられない、出来る事なら越野の中から俺と言う人間が消えてくれたら良い。
埠頭の先に腰掛けて海風に吹かれながら、ただ罪悪感に潰されそうになっていた。
この風を寒く感じる事の無い体には、まだ越野の温もりが残っている様な錯覚さえさせられた。
現実を受け入れられなくて逃げ出した俺は、錯覚でさえ許される事は無い。


****


「良いよな、天才って奴は」
決勝戦敗退となった夏、キャプテンを中心に受験を控えた三年生達は引退を迎えた。
その中の一人が引退後のある日顔を出して、俺に近付いて来て小さくそう言った。
その先輩は、入学当初から俺達一年には分け隔てなく優しく接してくれる人で、それでいて努力も怠らない…良い先輩だった。
先輩の言った言葉の意味する事が分からなければ良いのに、そんな時に限って俺の中に明確な答えは浮かんでくる。
同じ時に入ってきた福田に対する物と俺に対する物との、監督の態度の違いだろう。
ミスをする事で怒鳴られる福田と、良い動きを見せる事で褒められる俺。
勿論俺が何かをした時に全く怒鳴られないわけではないけど、福田のそれとは違う。
それが、先輩にとって目がついたんだろう。
以前の先輩こそが、今の福田と同じ立場だったらしいから。
だから後輩には他以上に優しいのだと、別な先輩の話をたまたま聞いてしまった事があった。
それがあって今の良い先輩なら、監督のやり方は先輩に合っていたんだろうと、福田もきっとあんな良い先輩になるんだろうなんて楽観的に考えていた。
けどそれは俺が勝手にそう判断していただけだし、鬱憤が溜まっていたなら溜まっていたで納得だって出来る。
先輩がそんな事言った理由だってそう自分の中で答えは出ているんだ、気にしなければ良い…なのに俺はそれを聞き流せる程大人にはなれておらず、その日から俺のバスケは少しずつ調子が狂い始めていった。
最初は目立つ事無く、自分ですら少し違和感を覚えるくらい。
少し経つ頃にはミスが増えて、それから暫く経つとミスしかしなくなっていた。
俺自身、自分は同い年の中では達観した方だと思っていたけど、結局まだまだ高一の子どもでしかなかったと言う事だ。
秋も終わりに近付いた今日、ついに、調子が戻るまで部に顔を出すなと言われた。
どうして良いのか分らないのに部活への参加すら認められなくて悩んでいたら、ふと、越野に会いたくなった。
まだ部活が始まってそう時間は経っていない、この時間ならまだ越野は図書室に居る。
越野に中学の時の話を聞いた日、別れる直前に教えてもらった。
越野は用事が無い限りは放課後よく教室で女友達と話しているらしい。
最初は知っている人が居ない事に不安もあったのに、今じゃ越野から話した俺以外誰も中学の時の事を知らない分気楽なんだそうだ。
着替えを終えて教室に近付くと、中からは数人分の声。
その中に俺が期待していた越野の声もある。
「越野ー、今日一緒に帰ろー?」
俺の声に女の子達の目が一斉にこっちを見る。
驚いた様な口をぽかんと開けたちょっと間抜けな顔の越野の背中を、越野と特に仲が良い子が押した。
旦那と仲良くしろよとか避妊はしろよとか、そんなからかう様な声にようやく自分のした事の意味に気付く。
傍目にはそう見えるのか。
そんなんじゃねーよと否定しながらも荷物を持って俺の方に歩いてくる越野に思わず口の辺りが緩んだ。
お前のせいだからなと睨み上げられて、腹にくらった右ストレートがちょっと痛い。
ごめんごめんと軽いノリで謝り、教室の中に残った子達に手を振って歩き出した。
「今日はちょっと遠回りしようよ」
強引に手を引っ張って、いつもと違う道を進む。
越野はあの時の俺と同じ様に、相槌を交えながら聞いてくれた。
「逃げんなよ、バカ」
越野の言葉は飾られる事があまり無い、だから、胸にストレートにくる。
俺はその言葉は嘘が無くてずっと気楽に思っていたけど、今日はそれが逆に辛い。
口から出した否定の言葉。
「違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。逃げてない。俺は逃げてない。来るなって言われたんだ、だから行けなかっただけだ」
「うるせー、バカ。お前は逃げたんだよ、部活からじゃなくて、その先輩とやらの言った言葉から。他の奴にも同じ様に見られてんじゃねーのかって自分の中に浮かんだ不安から。言い訳すんな、カッコ悪い」
自分の中で、何かが音を立てて切れた気がする。
次に気付いた時には越野の手首を掴んで、公衆トイレの個室に引き摺り込んでいた。
時間も遅く大きな道から逸れたその公園の近くには誰も居ない。
元々女子の平均が有るか無いかの越野を男子平均を優に越えた俺が力でどうこうするのも簡単で。
口を押さえても、片腕があればここまでの事は問題無く進んだ。
俺の手に塞がれた口で喚く越野。
ここまで来ていつまでも態度を変えようとしない越野に苛立った。
自分は女だって分っているんだろうかと、俺じゃない奴にこうされる可能性だってあったんじゃないのかと考える度に苛立ちは増していく。
「越野だって、逃げたからここに居るんだろ?」
耳元で囁いた重低音。
俺はこんな声も出せたんだ。
そして止んだ越野の声。
手を離して口を解放してやると、違う…と、まるでさっきの俺の様な事を言った。
何が違うんだと責め立てると、ついには何かを言う事もしなくなり、ずっと俯くまま動きもしない。
狭い中で背を丸めて顔を覗き込むと、涙一つ見せないその顔に、また腹が立った。
噛み付く様に重ねた唇。
ようやく見せた反応は小さく、ビクと体が僅かに跳ねただけ。
抵抗さえしないから、行為はさらにエスカレートしていった。
無理矢理に開かせた口。
一方的に絡ませた下。
セーラーを捲り上げて、それでやっと俺から目を逸らす様になった。
けど、声は出さない。
耳はもう真っ赤。
少しでも表情に出たら止めようと思っていたのに…もう遅い。
止められそうにない。
次に気付いた時には、この狭い空間で色んな所に体を打ったのだろう、いくつも青痣を肌に浮かべた越野が俺の腕の中に居た。
耳の奥で響く、越野の掠れた声で繰り返されるごめん。
頬にしっかりと残った涙の跡。
太股についた血と中から零れてきた白濁。
手が覚えている女の子特有の柔らかさと、俺自身が感じた中の熱さ。
あぁ、これが嘘ならどれだけ良かったんだろう。
俺の体に残る体温と目の前に広がる現実から目を逸らしたくて、俺はその場から逃げ出した。


続く

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