□G
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翌日、翌々日と二日間俺は学校を休んだ。
越野に顔を合わせたくない気持ちもあったけど、それ以前に風邪を引いてしまって。
夜の海に何時間も居れば風邪も引く。
お粥を作る元気さえない様な本当にただ寝てるだけの生活じゃ、治る風邪もなかなか回復の方向へは進まなかった。
だと言うのに、三日目にして学校まで行けたのは、二日目の夕方に鳴ったチャイムから始まった変化。
一度目のチャイムに目を覚ましセールスなら面倒だと無視をして、二度目のチャイムにしつこいと溜め息を零し、その後の連打チャイムに煩いと戸を開けた。
「よ!風邪は大丈夫か?」
戸に触れたままの俺とそれに向かい合い立っているのは越野。
二日前の事なんて無かったみたいに、それまでと何一つ変っていない言動。
思わずこれは夢だと戸を閉めてしまいそうになると、それこそ訪問販売的なノリで閉まるより先に差し込まれた越野の足。
「どうして来たの」
一度は閉め掛けた戸を開いて中に招き入れる。
疑う事なく入って来る越野に、無かった事にするつもりで反省さえもしてないのかと飽きれた。
一人暮らしなら大変だろうと思ったとかそんな事を聞きたいんじゃない。
この場所を誰に聞いて来たとかは本当にどうでも良い。
何で変わらずに俺の前に顔を出せるんだ、その神経が俺には理解出来ない。
「胃に優しい物って事でうどん買って来た。今作るから横んなって待ってろ」
立っていた俺をそう促して、越野は綺麗とは言い難いキッチンの前に立った。
時折、汚いとか何とか色々と聞こえてくるけど、全部本当の事だから気にてられない。
横になって見る後ろ姿。
あの日の痣は見当たらない。
見えるはずもない、初めて会った日に来ていたパーカーに黒ストッキング。
まず露出が無い。
二日の間に、少し前に言われていた冬服への準備期間に入っていたんだと納得した。
納得した上で、それを使った越野なりの俺への気遣いなのかと感じた。
だって陵南は冬服になったからと言って、細かい指定は無いから。
「さっきの質問の答えだけど。誰だって優しくされたい時ってあるよなって、思い出したから…優しい言葉一つかけてやれなかった事をこれでチャラにしろなんて言わねぇけど、今度は間違えたくないなって。体が弱ってる時って気持ちも弱ってくだろ?」
菜箸を動かし、俺の方を見る事無く向けられた声は、少し震えている。
気にしてないわけない。
それは分ってたけど、越野が気にしているのは俺の頭じゃ到底予測出来ない事だった。
だから敵わないんだ。
少し前に寝かせたばかりの重い体を起こして、微妙に安定しない足取りで小さな背中に近付き抱き締めた。
二日前と同じ様に肩がビクと跳ねて、また反応は無い。
けど今日はあの時みたいにイライラもしないし、拒否される事もなくてむしろ安心した。
「何もしないから、少しだけこのままで居させて」
返事は無い。
越野なら嫌な時は嫌だと言ってくれるだろうから、きっと許されたんだ。
少しだけ静かな空気が流れて、仙道と呼ばれた。
顔を上げると目の前には白い、白い…
「麺のかたさ、これくらいで良いか?」
うどん。
箸先で摘まれた一本を口に含むと凄い温かくて、腹の中から温まってくみたいで、いらない物を捨てたみたいに気持ちがスッと楽になった。
ムードが無いなぁなんて笑い飛ばせたのも、そのおかげなんだろう。


****


あれからまた月日は流れて、二度目の春。
春のクラス替えで俺達はクラスが別れたけど、その分一緒に帰る様になった。
隣りのクラスだから合同体育なら一緒だし、昼食も俺の方から越野のクラスに出向いている。
勿論それが出来たのは本当に運の良い偶然で、越野と同じ同じクラスのバスケ部の奴が俺の方のクラスに彼女が居るとかで昼の間は互いの席が使えたからだけど。
とは言っても、俺と越野の方は別に付き合っているわけじゃない。
越野が俺の家を訪ねて来てくれた日以降も、俺と越野は友人を続けている。
越野の気持ちがハッキリと分からなくて一歩を踏み出せないまま、気付いたらこんなに時間が…って言うのが正しい。
最初のうちは後ろめたさなんてのもあったけど。
あんな事になったわけだし。
けど冬半ばくらいに、どんな話の流れからかは覚えて無いけど、越野は思い出した様に笑って言ったんだ。
「流石に子どもくらい出来てたら、責任取って…なんて女子の武器、上目で言ったけどな。よく考えたら、生理すらまだだったわ」
この時ばかりは、思い出してヘコむ事も子どもが出来て無くても責任取るよなんて冗談を言う事も出来ず、目の前で大口開けて笑う越野が本当に女の子かと疑った。
越野は言葉遣いどころか、普段する様な会話の中身さえ女らしくはない。
そんな子に一年も片想いをしてる俺の性癖はもしかしたら少し変っているのかもしれないと自分を疑った事もある。
越野がこれで女の子じゃなくて男だったら…そう考えた事も過去何度かはあった。
その時はきっと同じバスケ部に居たんだろうとか、男の越野は今よりは流石に大きいんだろうなとか。
どちらにしろバスケ部には連れて行ってたと思う、身長だけの判断なんて事をする監督でも無いし。
事実、俺と同じ学年の植草は俺と20cmの差がある。
それでバスケも一緒にやれる様になって今みたいに凄い仲の良い友人になって…で、それでも俺は越野に恋をしたんだろう。
結局俺は越野って言う人間そのものが好きなんだ。
そう考えると、今以上に不毛の恋をせずにすんだ分女の子である事は良かったのかもしれない。
公式では無理でも一緒にバスケなら越野次第でこれから先する事は可能だ。
「いつまで歩かせんだよ」
膝の後ろにくらった蹴り。
今朝見たニュースの占いは1位で、ラッキーアイテムはクローバー。
それに肖る訳じゃないけど、俺は1年の片想いにさよならしようと思っている。
自信なんて無い。
ただ、今日が良いと思った。
新1年生の入学式から1週間経った今日が。
女の子を良い気分にさせるのはムードとか、前に適当に掛けたテレビで言っていたから、俺の取って置きの場所に向う。
けど正直越野相手にムードを作るのは困難だ。
うどんの事もあるし、あの後も色々あった。
クリスマスも初詣でも一緒に行っておきながら、変化が無いのが良い証拠。
「あと少し」
そう言った時に見えて来たのは海。
少し離れた低い場所でキラキラ水面を光らせていた。
そこは、海がちょっと違って見える事でバスケ部の中で話題になったちょっとした高台。
でも終着点はここじゃない。
その場所を区切る様に敷かれたフェンス。
少し影に行くと、まるで抜け道みたいな俺が何とか通れるくらいの穴。
そこを抜けて、1段…約1mくらい低いそこに飛び降りると、そこは緑の世界。
クローバーもだけど小さな春の花が生えていて、そこからも海は見える。
「手貸すよ」
先に降りた俺が高い所にいる越野の補助をしようと近付くと、越野はそんな俺を気にする事なく躊躇わずに飛び降りた。
………まさかのイチゴ柄、何がなんて言わないけど。
「すげぇー!」
草と海と空。
三つ揃ってとなるとなかなか珍しいそこは、越野も気に入ってくれたみたいだ。
うおーと女の子らしさの欠片無く騒ぐ姿にすっかり声を掛けるタイミングを失って、俺はその場に腰を下ろした。
まぁ今は良いかと視線を落とすと、視線の先に見付けた四葉のクローバー。
幸せになれるんだっけ?と、曖昧な記憶の中越野を呼んで、それを差し出した。
幸せになってほしいな。
出来れば俺がしてあげたいけど。
「何これ、くれんの?」
「うん」
「ふーん、その…どーも」
俺から四葉のクローバーを受け取った途端に俺と目を合わせず、わざとらしいくらいに今まで以上に騒ぐ姿が気になる。
何かあるなと立ち上がって、越野の手首を捕らえた。
「越野、俺に何か隠してる?」
「いや、隠してない」
「なら何」
「な、何でもねって!」
「嘘だ、絶対嘘だ!」
「だってお前お菓子とかあんま食わないだろうから、どーせ知らねぇだろ!」
お菓子…?
何の事か全く分らない。
俺が今私たのは四葉のクローバー、それがお菓子に関わってる…とか?
いや、全く結び付かないけど。
「なら教えて…気になる」
「昨日食ったチョコのパッケージに書いてたんだよ、四葉のクローバーの花言葉は…」
越野から花言葉なんて言葉が出た事に驚いて、続いた意味にも驚いて、俺は間抜けにも口を開けたまま言葉一つ出て来なかった。
思い出したこっちが恥ずかしいと胸に飛んできた勢いのある拳を何とか押さえて、反対の手が飛んでくる前にそっちの手も押さえて言葉もなく視線だけを向けていたら越野は次第に静かになった。
多分、羞恥の限界にきたんだろう。
大人しくなった越野を小さい子にするみたいに抱き上げて、目の高さを同じにした。
「越野、俺の物になってよ」
BE MAIN。
持ち上げられてる状況で尚且つ暴れ出す越野に、答えをくれないと落とすよと笑って言ったらバカだ死ねだと言われて、最後には首に腕を回された。
これは、良いって事だよね。
俺の中で一つの結論を付けて、初めての時みたいなのとは違う優しいキスをした。


続く

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