□Y
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越野と俺が付き合う様になって時間は過ぎ、季節は夏。
付き合うまでの経緯が経緯だけに間違っても俺の方から体の方の進展はしないと決めていたし、越野の性格からして周りに知れ渡るのも嫌だろうと人目のあるところでは必要以上のスキンシップも出来ないと分っていた。
でも、まさかあの日を最後にキスさえ許して貰えないなんて。
いやいや、それだけならまだ良くて、二人きりの時さえろくに触らせてくれやしない。
立場上付き合っている俺達だけど、付き合う前との変化らしい変化は無い。
なんて思ってたのは俺だけだった…越野の中には確かに変化が起きていたんだ。
待望んでいた言葉、それを聞くのに一年掛かった。
それでもその言葉は俺にとって大きな物だし、越野にとっても大きな変化だったんだと思う。
「次の湘北戦、応援行くから気合い入れてけよ」
「…え?何て言ったの?もう一回!」
そう言われた時は夢かとさえ思って自分の頬を抓ったりもしたけど、ちゃんと現実だった。
何してんだよなんて笑われたけど、それだけ嬉しかったんだ。
勿論越野にとっての変化はそれだけじゃなくて、その日から数回部活を見に来たし、俺の個人的な練習にも付き合ってくれる様になった。
俺が知らなかっただけで、俺と付き合う様になってからは少しずつバスケ関係の番組や雑誌にも目を通す様にしてるらしい。
越野は振り切ったんじゃなく、向き合う事を選んだだけだって言ってた。
簡単な様に聞こえるけど、それは大変だったんじゃないだろうか。
越野は俺を見て考え方が変ったから俺のおかげって思ってるらしいけど、元々越野にはそう考えられるだけの強さがあったんだ。
たまたま、それに気付く切っ掛けが越野を好きになったバスケをしている俺だったってだけで。
「あ、応援に行く以上は負けたらグーパンな」
わざわざ拳を握り見せて来る姿は本気なのか冗談なのか。
ただ、越野なら本当に殴りそうだ。
それも顔か鳩尾の二択。
でも流石に一年以上一緒に居ると言葉の意味を理解するのも慣れてきて、本当は何て言いたいのかも分るもので。
つまりは頑張ってと言いたいんだと思う。
でもそう言ってこないのは、直じゃない性格の事も確かにあるけど…むしろ半分はそれなんだろうけど、一番の理由は頑張れって言葉がプレッシャーになる事に気付いているからじゃないかな。
頑張ってる人間に言う、もっと頑張れなんて言葉は酷だって。
越野も中学の時辺りに言われたのかもしれない、そこまでは聞いてないけど。
ただ、越野は俺に対して滅多に頑張れとは言ってこなかった。


****


湘北戦当日、俺の気分は複雑だった。
練習試合以来の湘北との試合への期待と、初めて越野にプレイを見られる事でのほんの少しの緊張。
どんな格好で来るかくらい聞いておけば良かった、どこに居るか見付けられそうにない。
俺に漫画のヒーローみたいな力があったら、こんな時すぐに見付けられるのになんて観客席を見回す。
やっぱり見付からない。
だけど、今はそれを気にしてる時じゃなくて…この試合に集中する事が第一だ。
勝たなきゃこの夏、先は無い。
それに、ここの何処かで見てくれている…そう思えた。
湿気た面してんなと背中を力一杯叩いてきた友人に笑って見せる。
湘北との試合は何て言うか、違った。
他の学校とは違う、海南ともどこか違う独特の緊張感。
最初のうちは感じていなかったそれが、試合が進む程に高まっていくのを感じる。
そして響く終了の合図に、俺は深く、深く息を吐いた。
涙を浮かべるチームメイトの姿に、自分の目頭が熱くなるのを感じて、それでもそれを飲み込む。
結果を受け入れて、次に繋げなきゃならない。
兎に角結果を受け入れる為に、普段あまり使ってない脳をフル回転。
その時はもうすっぽり抜け落ちていた越野の事。
思い出したのは着替えを始めてすぐ。
終わったら会おうなんて話一つしてないけど、待っているかもしれないし、そうじゃなくても急いで追えば間に合う筈だ。
解散を告げられる頃には俺だけじゃない、皆気持ちの整理もついたらしく曇り顔は少ない。
それでも各々思うところがあるらしく、特にどこに寄るなんて話も出ないのを良い事に越野を探した。
会場内にはもう居ない、なら向ったのは多分駅の方。
速足気味に歩いていると、タイミング悪く黄色に変った信号の向こうに越野が居た。
後ろ姿だけど、あれは間違いなく越野。
早く変れ早く変れと願ってみても、信号相手じゃ気持ちは届かない。
試合が終わってもう結構な時間は経ってる、なのにまだココに居る。
待っていてくれたんだ。
もしかしたら本当にグーパンを一発貰う事になるかもしれないけど、そんな事はお構いなしに信号の色が変った瞬間俺は駆け出した。


続く

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