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あの日、どうしてすぐに追わなかったんだろうと後悔だけしていても何も変らない。
俺にバスケ以外の色を与えてくれた越野を失う事が怖い。
あの後やっと理解して、越野の家に行ったけど…出て来たのはお母さん。
越野はとりあえず家には帰ってきているらしく、それは安心する。
続いて会えないかと尋ねてみたけど、俺とは会えないのだと言っていると聞く。
理由も知っている様で、今は気が動転しているだから待っていてあげてと優しい声で、だけど複雑な苦笑した様な顔で言われた。
俺に会えないなんて、意味が分らない。
会いたくないって拒否の言葉なら俺が何かしたって分るけど、あんないきなりで、それで今は会えないなんて何なんだよ。
その後も食い下がろうかとさえ思ったけど、ごめんなさいねとお母さんの方から謝られ、頭まで下げられてはこれ以上の事は出来ない。
せめて一つ…と、伝言だけは頼んでその日は帰ってきた。
「越野が俺に会えるって思ったら、俺の目を見てただいまって言って」
変な独占欲なんだろうか、越野は俺の隣りに居なきゃダメなんだと最近思う様になっている。
だからこうして離れるなら、ただいまと言ってまた俺の傍に来てほしい…そう思って告げた言葉に、お母さんはもう一度頭を下げて確かにお伝えしますと応えた。
夫婦や婚約者でさえ言わない様な子どもじみた言葉を笑わずに聞き入れてくれる事に感謝だ。
家に帰ってきてから気付いた事だけどその時の俺の格好はひどく滑稽で、左の肘には野菜の皮を付けて財布も鍵も持っていなかった。
こんな姿で会っていたら、流石にその後から会いたくないと言われたかもしれない。
とりあえずはお母さんに言われた通り、自分が頼んだ伝言の為に俺は越野が戻って来るのを待っていた。
この休みの間は何をして過ごしたのか記憶が曖昧で、思い出せない。
何かをする気にもなれなかったのが事実だ。
今日は火曜。
昨日越野は来て居なかったと越野と同じクラスの奴に聞いた。
今日は昼休みに教室まで見に行ってみたけど、姿は見えなかった。
早く会いたい。
待ってる様な事を言ったけど、やっぱり俺は子どもみたいで、我慢出来てない。
午後からの授業、小学生の女の子みたいノートに相合い傘なんて物を書いてみた。
俺の名前と越野の名前。
あー、凄い俺気持ち悪い奴だ。
消しゴムで消そうとしてみたけど消えず、ノートがグシャグシャによれるばかり。
さっきまで手に持っていた物を見ると、それはシャープじゃなくボールペン。
そうだった、その直前に書いてたの重要語句だ。
何かをすればする程自分のダメな所が見えてくる。
どうせ誰かに見せるわけでも無いとイタズラ書きもそのままにと諦めた時、丁度授業の終了を告げる金が鳴った。
「仙道、お前に客。茂一には上手く言っとくから、掃除終わったら急いでそっち行ってやれ。校門前に居る」
昼飯の席事情で世話になってる奴が俺の教室まで来て、箒片手の俺にそう告げた。
俺に客なんて誰だろう。
越野…なら、あんな言い方しないだろうし。
様子や口ぶりからアイツはその客とやらに事情を聞いたらしい。
教室内の奴等もその話を聞いていたからなのか、何も言いはしないけど作業スピードが上がっている。
そんなこんなで普段より格段に早く終わった掃除。
皆に有難うとだけ伝えて急いで教室を飛び出した、勿論、鞄も忘れずに。
駆け足で来た校門、そこに居た俺の客とやらが誰なのかは明確だった。
「宮城…」
乱れた呼吸を繰り返して、何とか読んだ名前。
「遅ぇ。いや、今はそんな事は良いんだよ…行くぞ!」
「え、ちょ、行くって何処に?」
「アヤちゃん家。わけは道すがら話す」
アヤちゃんって…あのマネージャーだよな?
何でこのタイミングで。
いまいち事態を把握出来てないまま俺は宮城の後をついて走り、マネージャーの家に向うわけを聞く。
越野が今そこに居る。
今日の朝、湘北の朝練中にマネージャーを訪ねて行って、様子がおかしいから今日の授業を休んでまで傍に居てくれていたらしい。
「何があったかとかは知らないし俺が口出す事じゃないとは思うけど…彼氏名乗んならあんな顔させんな」
宮城の言葉が痛い。
どんな顔をして湘北に出向いたんだろう。
どうして俺には会えないで、湘北のマネージャーには会えたんだろう。
考えれば考える程分からなくて、気分が滅入る。
色々と考えているうちに案内されて着いたのは、普通の一軒家。
インターホンを鳴らすと多分マネージャーさんのだろう声が聞こえて来て、宮城の俺ーの一言の後玄関が開かれた。
「リョータ、ここまでの案内有難う。あとの部活、頼むわね」
宮城に礼を述べて、マネージャーに導かれるままお宅にお邪魔した。
案内された部屋は多分このマネージャーの部屋なんだろう。
この扉の向こうに、越野が居るのかな。
今までにももっと長い期間会えない事なんて何度もあったのに、今はこの数日が酷く長く感じる。
スッと息を吸い込んで、ノックした。
返事は無い。
もう一度ノックするけど、やっぱり返事は無いまま。
マネージャーが入るわよとだけ告げてドアノブを回すと、扉を挟んだ向こうから叫ぶ様な声が聞こえてきた。
来るな、って。
久し振りに聞いた越野の声。
そんな声が掠れる程に泣いたのかな。
「さっき、自分で言うって約束したでしょ。席を外してあげるから、ちゃんと言うのよ」
部屋の隅で、借りたと思われる服を着た越野がタオルを頭から被って座っている。
その頭を撫でて、約束!と念を押す様に小指を見せるマネージャーに、越野ははいと頷いた。
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