□片恋SideJin
1ページ/1ページ

「いやぁ、なんか恋って甘酸っぱいモンなんだろうなーなんてちょっと思ったんすよ」

照れくさそうに発したその声に、あぁきっと恋をしているんだと思わされた。




―片恋SideJin




いつの頃からか繰り返す様になった二人きりの帰り道、最初は二人肩を並べて歩いて、数日経って自転車の後ろにこの後輩を乗せた。
きっかけなんて簡単な物、テレビ事情で急いで帰りたがるから望みを叶えてあげようなんて僅かな上から目線の気持ち。
だけどその気持ちはすぐに打砕かれて、落ちない様にと肩を掴む手の平がまるで小さな子どもみたいに熱くて、可愛いななんて思った瞬間俺は恋をした。
その日は妙に胸がドキドキして、何も話す事が出来なくてただ示されるままに自転車を走らせた。
話せずにいた事に不信感を抱いたろうなと思っていたのに、後輩は話さなくなる程急いでくれたのだと勘違いして礼を述べられた。
その日から、少しでも触れていたくて毎日自転車の後ろに乗せる様になった。
言うなれば専用席、他の誰も乗せる気は無い。
それは好きって気持ちあってこそで、気持ちが通じなくてもせめて誰の物にもならなければ良いと思っていた。
だけど、どうやらそれは届かぬ願いで、後輩は誰かに恋をしている様だ。
そして思い出したのは、後輩の言葉を聞く直前に追い抜いた子の姿。
俺達の帰る時間は決して早い時間じゃないのに、二人で自転車に乗る様になってからはほぼ毎日彼女を追い抜く事になっている。
荷物を見た限りスポーツバッグなんかは持ってなかったから、きっと文化部の子なんだろう。
そうか、彼女が。

「いや、ほろ苦いよ」

しまった、なんて思ってももう遅い。
少しでも触れていたいなんて気持ちがとった行動は、逆に後輩を自分の手元から離す事に繋がりそう。
あぁ、苦しい。
そう思った瞬間に出た言葉はまさに自分の素直な気持ち。
恋をして、なのに気持ちを伝えられる事無いまま失恋が決まって、とてもじゃないけど甘くはない。
かと言って酸っぱいなんて思える程可愛らしくもない。
きっと今の自分の顔はいつも向けている様な優しいものは出来ていない。
救いは今の状況。
不安定な二人乗りの自転車、身を乗り出したりでもされない限り顔を見られる事は無いし、バランスが崩れて転ぶ覚悟でわざわざ見る必要も無い。
だけど、これはこれで気まずい。
きっと俺の言葉を気にしているんだろう後輩は、普段と打って変わって大人しい。
何より、肩に触れる手が少し、ほんの少しだけ震えている気がする。
自分の恋を否定された様で嫌だったのか、それとも他に思うところがあるのか。
どちらにせよ、良い状況とは言えない。

「あのさ」
「あのー」

重なる俺達の声。
キッと音をたててブレーキをかければ自転車は止まって、後ろから伝わる困ったと言わんばかりの雰囲気に信長が先に言ってと促した。

「あ、じゃあ…その、明日から…むしろ神さんが良ければ今日今から暫く歩いて帰りません?」

思わず、え?としか聞き返せずにいた俺に、信長はすんませんと謝ってきた。
違う、嫌だったんじゃなくて驚いたんだと言いたいのにどうやら俺はまだ驚きから落ち着いてないみたいで声を出せずにいた。
そりゃそうだ、だってそれは俺が言おうとしていた事なんだから。
その重なった考えが面白くて、さっきまでの自分の顔が嘘みたいに崩れて、小さく声に出して笑った。

「俺も今、同じ事言おうと思ってた」

俺の言葉に安心した信長が自転車の後ろから降りる。
俺も同じ様に降りて、自転車を押して二人で歩き出す。

「歩いて帰る方がゆっくり話せるし良いかなーって思ったんすよね。俺、もっと神さんと仲良くなりたいし…あ!もしかして俺達、同じ事考えてたんだったりしてーなんつって」

そう言って冗談混じりに笑うから同じ様に冗談っぽく、きっとそうだよなんて返した。
歩いて居た頃はまた明日と言っていた分れ道を分かれずに、自転車の時と同じ様に信長の家の方へ向って歩く。
きっとこれは、今日から明日に続く道。










友人の姉がリアルに
「恋って甘酸っぱいよな」
「いや、ほろ苦いんだよ」
と言う男子学生を見たと言うもんだからつい。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ