□性癖
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「好きなんだよ」




―性癖




気付いたらすっかり定着していた呼び名で呼ばれて振り返る。
自分よりも低い位置にある頭を押さえ付けてやめろと言わんばかりに髪の毛を乱してやる。
一時間目の屋上、誰も居ないと踏んで訪れたはずが先客なんてものがいて、どうにも引き返せずにその場に止どまってしまったのが運の尽きだったのかもしれない。
更生や反省なんて自分でもしたつもりだ、それでもやった事が消えるわけじゃない以上、どうしても苦手意識の残る人間も居る。
俺にとっては今日の先客もその一人。
だからってわけじゃなく、自然と距離を置いて腰を下ろしたら、あっちの方から近付いてくる。
何なんだよ。

「ミッチーさ、最近夢とか見た?」
「は?……あー、いや、ねぇかな。水戸は」

自分でも想像がつく、間違いなく今一瞬の間抜け顔。
いきなり夢の話なんてされても意味わかんねーし、何よりコイツにそんな事聞かれるなんて思ってもみねぇ。
聞かれた以上はと聞き返すと、隣りに座っていた水戸は立ち上がって俺の前に移動する。
上から見下ろしてくる視線に良い気はしない。
光を遮られて少し暗くなった視界は少しの間を置いて明るさが戻り、水戸がしゃがんだのだと気付いた。
伸ばされた右手が左頬に触れる。
冷たい。

「俺、今日夢見たんだよね。で、その夢見て起きたら明らか興奮して勃ってて、結局ぬいてたら遅刻したんだけど」

淡々と話す声に抑揚は無くて、背中に冷や汗が伝う気がする。

「その夢ってのがただひたすらミッチーを殴る夢だったんだよね。だから、もしかしたら俺はそんな性癖なのかな、って思って。でも喧嘩は人並みよりは多く数こなして来たけど、こんなの初めてだし…ミッチーだからって考えたら答えは一つで。俺、ミッチーが好きなんだよ、きっと」

漫画やドラマで見る様に頬に触れた手で顔の向きを固定されて、少しずつ水戸の顔が近付いてきた。
離せと言っても聞く耳持たずと笑顔を向けられて、ただ五月蠅くなる心臓の音がウザくて自分の胸元のシャツを強く握った。
勿論それで音がおさまる事なんてない。
こっちの焦りとは全く逆に、水戸の方は笑ってさえいる。
あと数cm、そこまできて水戸の口が僅かに開いた。

「だから、殴って良い?」

言葉を乗せた笑顔は生意気な後輩とかそんなんより、もっと幼くさえ見える。
こんなのを無邪気なんて言うのか。
何にせよ殴られたくはねぇ。
ふざけるなと言って、ただシャツを掴むだけだった手を今度は俺から水戸に伸ばして押し返した。
予想以上に簡単に身を引く水戸に呆気に取られる。
今は二人、まして授業中。
普通に考えて他に誰か来るとも考えられない以上、コイツが本気ならわざわざ許可なんて取らずに殴る事だって出来たはず。
それに加えてこの簡単な身の退き様。
この野郎、まさか。
目があって、一転した状況。
声に出して笑い出した水戸。
目の前の男を殴ってやりたい衝動にかられながらも深く息を吐いてその気持ちを静めた。
性格悪ぃ。

「ごめんごめん、前々から思ってたけどミッチーってコロコロ表情変るからさ、ついね。勿論夢の話も嘘だから安心して」

笑い過ぎて浮かんだ目に浮かんだ涙を指先で掬い取って、水戸はごめんねと再度付け足して俺の頭に手を置いてさっきの仕返しの様に髪を乱して校舎内へ続く階段の方へと歩いて行った。
いまいち読めない野郎だ。

「あ、でも…」

鳴り出した授業の終りを告げる鐘。
水戸の口が動くのが見える。
だけど言葉は、鐘の音にかき消され俺の耳に届きはしなかった。
わざとか…くそ。
また偶然二人揃った時にでも聞き出すか。

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