□逃げ道
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「ごめんな」




―逃げ道




いつも一方的な土屋。
一方的に現われて一方的に好きだと吐いて一方的に事を進めて。
そんな態度が時に腹立たしくなりながらも、コイツを切り捨てられんのはこの一言と、抱いた時の辛そうな顔のせい。
強引に泊まると言っては退かんわりに、毎晩俺が寝た頃に呟く声に気付いたのはわりと最初のうち。
何となく寝れんくて、けど土屋の相手をするには面倒で取った行動は寝たフリやった。
その時初めて聞いて以来、泊まりの度に聞いている以上毎回の事と思うしかない。
悲痛めいた声。
そんで、その後に一回だけ頭を撫でてから向けた俺の背中にくっついて寝る。
季節関係無くするその行動は正直夏場は暑い、それでも引き離せんのは唯一見せられた弱い部分な気がしたからなんやろな。

「何で毎回毎回謝まんねん」

目を開けて振り向けば、元々デカくはない小さめの目を少〜しばっか大きく開けてパチパチと瞬きを繰り返す土屋と目があう。
撫で様としていたはずの手を掴むと、いつもの軽いノリで何で起きてんのと問われた。
答えずにただ見返す。
多分俺の眉間には皺が寄ってきとる、それに合わせてだんだんと表情を曇らせる土屋。
嫌味たらしく上がってるはずの眉毛が少しずつハの字に下がってって、何とも情けない顔。
終いには俯かれて目さえ合わせん。
溜息を一つ零して手を離してやれば、その手は以前土屋が持って来た土屋曰くマイ枕を掴む。
視線を手に向ければ、何となく震えてんやないかと思った。

「毎回毎回言いもするわ、結局んトコこの関係ってぼくの一人よがりやん…岸本君ヘテロやし。せやけどやっぱ好きで、だから好きになってくれんの辛くて」
「………」
「最初は、最初はホント一回こっきりのつもりで、土下座でも何でもして抱かせてもろて吹っ切るつもりだった…けど、やっぱ吹っ切るなんて出来んと思って」

寝かせていた体を起こして、真剣に向き合う。
思えば、確かに以前のコイツは間違えても自分が女側になる様な様子は見せんかった。
最初の告白とも思える台詞は飄々としたまま言った『一発突っ込ませてくれん?』
冗談も大概にせーとグーパン一発でその場は終了。
その日から少しずつそれまで以上に顔見せる様になって、気付けば南も含めて遊ぶ様になって、流されてこんな関係になって。
初めての時から土屋が女側ですっかり忘れていた。
今にも泣き出しそうな姿を前にどうして良いのかも分らん、ただ、ここまで追い込んだのは俺なんやろなと思わされた。
バスケが多少出来ようがガラが悪く頭も悪い俺に深い意味で好きや言うんはコイツが初めて、調子こいてたっつわれりゃそれまでや。
どんだけ適当な対応してもめげんもんで、何しても離れてかん気はしとったし、それで曖昧な態度を取り続けてたんも俺。

「なぁ土屋、一つ聞かせぇや」
「んー?」
「…今言った通り、最初は抱かせろっちゅーてたやろ?」
「ん…」
「何で途中から考え変えた?……俺に逃げ道作ってたんやろ、ちゃう?」

いつまでも覇気の無い返事しか返さない、顔も見ようとしない態度が気にくわんくて両の肩を掴んだら驚きビクッと跳ねたのが分った。
視線の行く先を困らせてキョロキョロとする姿、やっぱり俺を見ようとはせん。
肩を掴む手に力を加えると痛っ!と小さく鳴いてようやく顔を上げた。
枕を離した手で頭を掻く姿が気まずさを素直にあらわしとって、あんま変らん身長のはずがずっとずっと小さく見える。
試合中は勝負せぇなんて安い挑発台詞に乗って嫌味たらしく攻撃に移る奴が、俺をからかう為なら納豆さえ食う奴が、こんな弱々しいとは思わんかったっちゅーのが本音。

「流されて付き合うてくれてる相手に、女側なんてやらせられへんやん。男側なら全部済んでもホントに気の迷いとか、若さ故の過ちって思い込めるから、岸本君にホントーにちゃんと好きな相手出来た時に、ちゃんとした真っ当な道に戻れるかなて。やらな良い話やけど、そこは好きって気持ちが先立って我慢出来んし。ぼく根が我儘やもん、女側になるのが唯一出来る事やろなって」

ニヘッなんて効果音が聞こえてきそうな程に力無くなのに無理に目を細めて笑う姿は、下手な女の子の上目遣いやグラビアアイドルの際どいポーズより変な色気がある気がして、思わず抱き締めたろかとも思わされた。
一途に想われんのは悪い気はせんし、もうこんなんなった以上男も女も関係無いともだいぶ前から思ってた。
そもそもバイとゲイとかそんなん俺にはどうでも良くて、土屋を受け入れんで居たのも普通に生きてきた俺に男をそんな対象として見るって意識自体が無かっただけや。
つまりは流されて一度関係を持った時から意識に変化もあったわけで、その時点で良くも悪くも俺は男も女もそう見れると気付いていた。
男もそう見える今、俺を一番に思ってくれるコイツがきっと俺の最良の相手。
それを言わんでいたのは、ぶっちゃけただタイミングが無かっただけ。
南にはバレとるけど。
そんなんなんだし、言うなら今もタイミングとしてはマズくない。

「あー…」
「…?」

言うのを戸惑っていると見上げてくる土屋の姿に、意識した途端恥ずかしくなる。

「アホんだら、くだらん事考えとらんとはよ寝ろや」

額を軽く小突いて土屋の枕を持たせてから横になる。
普段は向けて寝る背を反対に向けて、本来枕を置く位置に腕を伸ばすと意味に理解した土屋は枕を足元に置いて伸ばした俺の腕に頭を乗せる。
初めてやってやった行動に珍しく照れた様に笑う土屋と向き合って、初めてしっかり抱き合って寝た。
直に触れ合った肌が心地良くて、いつもより良く寝れたとは言ってやらん。








翌朝、目が覚めると既に起きていた土屋は携帯片手に誰かと話している様だった。
目を開かず内容に聞き耳を立てる。

「ちょー聞いてや南君、烈君、つよっちゃん、つよぽん!ついに昨日岸本君がぼくん事ギューってしてくれてオネムしたんやで」
『あー、うん良かったなー…おかん、ソース取ってやー』
「目玉焼きにソースは邪道ちゃう?」
『良ぇやん、美味いし』

好きともまだ言ってやらんと心に誓い、もう一度眠りに落ちる事にした。

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