□口笛
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「あれ、何だっけその曲?」
「ん?あー…あれ、最近CMに使われてるヤツ」




―口笛




点々とした街灯の下、寒くなり始めた夜の道を二人で帰っていると、聞こえてきたメロディ。
口笛。
今日の越野は調子が良さそうだったから、その事でも思い出して機嫌が良くなっているんだと思う。
たまにある会話の無い日が嫌なわけじゃないけど、こうしてリアクションが一つあるだけで気分は全く違う。
聞き覚えのあるその曲が気になって、音が途切れた時に聞いた答えは曖昧な物だったけど、俺の記憶の引出しを開けるには十分。
チョコ系のお菓子のCMで、以前越野が好きだと言っていた芸能人の女の子が出ているのが印象を強くする。
発売してずくに一度コンビニで見掛けて買ってみたそれは、確かに美味しいけど少しくどくて三回くらいに分けて食べたんだった。

「そう言えばさ、お前ってあんま口笛とか吹かねーよな」「出来ないからねぇ…」


口先をほんの少し尖らせて、唇をトントンと人差し指で叩く仕草。
それが少し気分をヤらしい方に変える気がしてとりあえず目を逸す。
何か、キスでもねだられてるみたい。
そんな事ある筈が無いと自分に言い聞かせて、視線をまた越野の方に戻すと唇が動いた。
次に見せたのはからかう様な少し子どもっぽい笑顔。

「試しにやってみろって」

握られた拳が軽く、ポスッと胸の辺りを叩く。
そこから始まった越野の口笛講座は妥協を許さないと言わんばかりにスパルタだった。
息を吐くな漏らせなんて言われた所で根っこの所が分っていない俺にそれが出来るはずが無いし、尺八吹く時と同じとか言われたって普通に生活してたら吹く機会なんて無い。
むしろ越野はいつ吹いたんだよなんて返そうとしけど、そう言えばかなーり前…それこそ1年の時に中学の頃の音楽教師が変った人で変な楽器をやる機会があったとか言ってたのを思い出して止めた。
それからも続くスパルタ講習。
何度やっても出来ない俺。
そろそろ口に疲れを感じる頃、視界が大きく揺れた。
すぐ横を歩いていた越野が気付いた時には目の前に居て、いつもなら近く無い越野の顔が目の前にあって、重なった俺と越野の唇。
一瞬触れただけなのに、それはこの間食べた件のチョコより甘く感じた。
「悪い。何かキスしてほしいみてーだったから」

掴まれていた制服の襟が離されて、初めて首絞まって苦しかった事に気付いた。
あっさりと終りを迎えた越野の口笛講座。
悪びれ無い様に言い放った言葉とは裏腹に越野は俺に目を合わせ様とはしなかったけど、俺もまた合わせられる程図太い神経はしてなくて、残り僅かな道のりをまた会話も無く歩いた。

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