□否定肯定
1ページ/1ページ

「やっべー、物理の小テストでクラス最下位とか、俺だっせ。死にてー」
「ちょ、マジかよ。だっせー、それマジ死んだ方が良くねー?」
「だしょー。ちょ、一遍死んで来るわー」




―否定肯定




2年かけて出来たイメージを少しでも正すかと、真面目に掃除なんてモンに参加してから向う部室への道。
階段を降りた所で顔を合わせたのは珍しく一人の水戸。
特に避ける必要も談笑する必要もねぇかと、何も話さないまま流れで並んで歩く。
一瞬鼻を掠めたのは制服に染み付いてるんだろうと煙草の匂い。
パッと浮かんだ銘柄に遠くない過去が妙に懐かしい気がした。
今となってはそれを愛用してたのが誰だったかも若干曖昧な記憶でしかない事に、自分の中の変化を知る。

「胸糞悪い」

それとなく耳に入った会話、多分話してたのはすれ違った二人組。
その内容に良い気はしねぇ、むしろ苛立つ。
それを抑え切れずに呟きとして出た言葉は隣りの水戸の耳にだけは届いていたらしく、それまで黙っていただけの奴がクッと喉を鳴らして笑った。
舌打ち横目に見れば目が合う。
僅かに吊り上がった口、考えを読ませない壁の一つや二つありそうな笑い顔。
苦手。

「ミッチーは、死にたいとか思った事無いの?」
「…あー、無い。どんだけ辛くても、死んでどうにかなるわけじゃないっつーのは理解してたしな」

俺が目を逸して前を向いて、その時点で始まる事なく終るはずだった会話は予想外にも水戸から始められた。
思い出した二年前の自分の姿とそれから二年分の自分の姿を重ねて、見付けた答えはNO。
確実だと信じ込んでいた居場所を見失ったのは辛い。
見失っただけで、そこに変らずにあったって気付けずにいただけだから、答えとして最悪なパターンが浮かばなくて良かったのかもしれない。
勿論、最悪じゃないってだけで良い答えではないのも知ってる。
悶々と考えているうちに呼ばれた名前に反応して振り向くと、自分の眉間を指差す水戸の姿。
それが示すのは勿論水戸自身のじゃなく、俺のそこ。
気付けば眉間に寄っていた皺。

「思い出すだけでそんな顔になるくらいの気持ちを、木暮さんや花道にもさせるつもりだったんだ」
「………」

違うと言えるわけはない、かと言って今となっては肯定もしたくはない。

「否定も肯定もいらないから、思う所があるなら全国で見せてね。それじゃ」
いつもの様に体育館へ向うと思っていた足は違う方向へ向けられて、数歩分離れた所で手を振られた。
今更、たまに体育館に姿見せてない事を思い出す。
そう言えば水戸はバイトしてるとか何とか言ってたっけか。
手を振りながら見せた笑顔はさっきまでの思考を読めない様なそれとは何処と無く違っている気がした。
かと言ってそれが何なのか理解出来る程人の感情の変化に聡いわけはなくて、その笑顔がただ胸の奥に焼き付く気がするのと同時に、あんな事がありながらバスケをまた始めた事を否定されずに変な安心感を得た気がした。



とりあえず、今日は少し急いで着替えるか。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ