□拝啓、同じ空の下の遠い地で夢を追う君
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「頑張れよ」

飛び立つ飛行機を目で追って、呟いた言葉は意外にも一言。
今、仙道は日本を発った。
もう暫く前から知っていた事。
気持ちの整理もついている…つもりだった。
だけど、つもりはつもり。
俺は自分が思う程格好良くはなく、見送る為に来た空港でも仙道に顔を合わせる事が出来なかった。
何も言わないまま、俺達二人の間には目に見える距離が出来た。




―拝啓、同じ空の下の遠い地で夢を追う君




日曜の朝、寛ぐには丁度良いこの時間を俺は楽しんでいた。
昼を過ぎれば出掛けなければならない、と言ったって自分で決めた事だけに嫌なわけじゃない。
むしろ楽しい。
仕事上りと隔週の休みにそこに行くのが楽しくて、あぁ、結局…なんて毎日の様に思っている。
今日もそれを楽しみに始めた朝食。
鈍っては居なくても学生の頃に比べて衰えた体力を考えるとこれを欠かす事は出来ない。
残り半分という所、突然鳴り出した電話。
日曜の朝からなんて珍しいなと受話器を外し耳へと当てた。

『もしもし、越野ー?』
「……お前、仙道か?」

受話器越しに聞こえた緩い調子で喋り掛けてきた声は妙に懐かしい、だけど、ずっと俺の中から出ていこうとはしなかった声。
仙道が日本を離れた日、きっとコイツの中で俺は見送りに来なかったとなってるんだろう。
だから、いつまで待っても届かないコイツからの連絡をいつの頃からか諦めていた。
と、思っていたのに。
待っていた、ずっと。
時間は経ったのに、やっぱり俺は格好良くなれてない。
感傷的になり溢れてきそうな涙を堪えていたら、返ってきた言葉はどこまでもマイペースでコイツらしかった。
久し振り、の言葉。
遅ぇよなんて悪態付くと涙なんてモンは簡単に引っ込んで、気付いた時には笑いの方が零れてた。
電話の向こうから聞こえる慌てた声。
どれだけの月日が流れても、変ってねぇこの反応が俺は好きだった……いや、違う。
好き。
ごめん、と言われて思い出すあの日の自分の言葉。
あの、仙道にアメリカ行きを告げられた日の。

「あ、今謝ったからグーパンな」
『…って、え?それまだ継続中なの?聞いてねって!』
「何だよ、俺は期限なんて言ってねーだろ。そうだ、今ならセットに2発のオマケ追加してやるよ」
『うっわ、横暴だろそれー…』
あぁ、きっと今コイツは電話向こうで拗ねた様な微妙な顔してる。
絶対眉毛のハの字に磨きがかかってる。
仙道が居なくなる前と変らないノリの会話、違いがあるとしたら距離くらいなもの。
こうして話してると、その距離さえ感じない。
わざと握った拳を遠くの仙道に向かって打つ。
確か…仙道の顔の高さはこれぐらい、そう狙いを定めて。
そんな事まで覚えてる。
高さ一つ間違ってない自信がある。
忘れてない、何もかも。
忘れた日なんて一日も無かった。

『あ、彼女出来た?』
「いや、俺お前と別れた気無いし。んな話してない以上まだ付き合ってんだろ、俺ら」
『え?え?そうなの?』
「違うのかよ?」
『うん…うん、違わない』

半分は冗談で、半分は賭けだった。
軽いノリっぽく笑い声に乗せて返して、向こうも笑ったら冗談にしてそろそろ彼女の一人も作るつもりでいた。
だけど、帰って来たのはどうだ…少しくぐもった小さな声と、否定の言葉。
泣いてるのか。
そう聞きたくて声に出せなくて、代わりに笑って好きだと言ってやれば、また懐かしい優しい声で好きだと返ってきた。
忘れられるはずがないんだ、まだこんなに好きなのに。
馬鹿と呟いて、目尻に溜まる涙を拭おうとティッシュへ伸ばした手。
視界に飛び込んできた時間は思った以上に進んでいる。
まだ朝食さえ終わっていない。
迫るタイムリミット。

「悪い、俺そろそろ学校に行く準備しないと」
『学校?』
「今、大学の先輩の紹介で中学バスケ部のコーチしてんだよ。仕事上りと休みの日だけだけどな。校内に部活レベルのバスケ教えられる教師が居ないんだとさ」
『へー、何か良いな。そう言うの』
「楽しいぜ…あ、そうだ。お前今度帰国した時顔出せよ、生徒喜ぶし。で、その後飯付き合え」
『分った。なら、良い店探しといてよ』
「ばーか、魚住さんトコ行くに決まってんだろ」
『あぁ!了解』

電話の子機を耳と肩で挟んだまま、楽しんだ会話。
最後に連絡先だけを聞いてから切った。
今からじゃ残りを食べる余裕も無い。
仕方が無い、途中で昼兼用にパンでも買おう。
慌てて飛び出した外。
今日は、いつもより空が近い気がした。







最初思い付いたのは越野の結婚式でした。
仙道視点書いてる間に「私は二人とも幸せな仙越が好き!」となって、こうなりました。


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