□やさしいヒーロー
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気にしていないわけじゃなかった。
ただ、表に出すのが苦手なだけだった。
だからと言ってそんな事が誰かに伝わるわけでも無く、結局のところ表面に出なければそれは理解されないのだと知ったのは1年の時、夏を終えて。
態度が変る奴の一人や二人くらい出る事も覚悟が出来ていたから、それが表に出る事は尚更無かったのに、それでも気付いてくれた事が嬉しかったんだ。
こんな雨の日は、そんな1年前の事を思い出す。
あの時から、越野は俺の心のヒーローなんだ。




―やさしいヒーロー




ザァザァと振り続ける雨。
玄関から覗いて空を見上げると、雲は厚くとてもじゃないが今晩のうちに晴れるとも思えない。
天気予報でも夕方には降ると言っていた。
傘は持って来なかったわけじゃない、ただ帰る頃には無くなっていただけ。

「まぁ仕方無いか」

雨が止むのを待つ事なく外に出た。
帰ったらまず洗濯機を回して風呂にでも入ろうなんて考えながら、急ぐ事もせずいつもと変わらぬ歩調で帰り道を進む。
陵南に入って半年。
最初の夏を終えて、俺に対する接し方が目に見えて変ったのが数人。
その数人も先月、監督のやり方に反感を持って退部していった。
あとは、俺に対しても、かな。
バスケの実力を買われて来た俺に対する期待は大きい。
その期待に応えきる事が出来ず、IHへの切符を得る事は出来なかった。
それを気にした様子でも見せれば少しは変ったのかもしれないけど、どうにも俺はそれが下手だった。
女子の中での苛めよりはマシな方なんだろうけど、それでもこうして傘を取られるなんてのは厄介だ。
一人暮らしの俺にとって傘代が嵩むのはいただけない。
ただ、バスケがしたいだけじゃ駄目なのかな。

「泣いてんの?」

少しだけ暗くなった視界。
横から俺の頭上に掲げられた紺色の折畳み傘が、雨から俺を守る。
聞き覚えのある声に振り向くと、両手に傘を持った同じ部活の越野が立っていた。
一本は越野が自分を雨から守る普通の傘。
もう一本が、今俺の頭上に差された傘。
何で二本なんてツッコム暇も無く、越野の方から置き傘の存在を忘れていたのだと教えられた。
それ以上は何も言ってこない事に、使って良いのかと自分でその折畳み傘の柄に手を伸ばす。
離された手にあってたのかと礼を言えば、返ってきたのは別になんて素っ気無い返事。
早々に歩き出した越野、進む方向は同じみたいで、隣りに並ぶ様に歩いてみるけど反応は何も無い。
正直言って、今のこんな気持ちの時に話題一つ無いこの空間はキツい。
話題を振ってみようとしてみても、こんな時に限って俺の頭は働いてくれない。
越野と俺の関係なんて同じ部活ってくらいの物で、そりゃあ部活中は喋るけどそれ以外に話すタイミングなんてなかなか無いわけで。
共通の話題はそれこそバスケだけ。
越野のプレイは特別目立つものじゃないけど、真剣に打ち込む姿は兎に角俺の目を引いた。
関わりは薄くても、興味はずっと前からあった。
だけど、そんな事を言って気持ち悪いとか思われるのも嫌だ。
とりあえずは当たり障りの無いバスケの話題でも…なんて思った時にプッと息を吹き出した様な音がして、音の方を見ると越野が大声で笑い出した。

「今のお前、漫画とかに出て来る捨てられた猫みてぇ…なんか、放っとけないっつーか」
「何それ」
「不安そう」

笑いをおさめて真剣な目で見てくるものだから、何となく、胸の奥がドキッとした。
夏が終わってからも毎日俺はそれまでと変らない態度を見せてきたつもりだったのに、まさか面と向かって言われるとは思っていなかったから。
どう返して良いのかも分らない。
えとかあとか明らかに焦りが見える声しか出なくて、余計に焦っていると傘を持っていない方の手を掴まれた。

「不安なんてモンは以外と簡単に解消出来んだよ。聞いてやるから、来い。お前が湿気た面見せてたらバスケ部の奴等皆が気になんだよ」

グイッと手を引かれて歩く道は少しずつ俺の家から遠ざかっていく。
この手を振り払うのは簡単だって分っているのに振り払えないのは、雨に濡れて冷えきった手に越野の手は凄く温かかったのと、ずけずけと悪意無く続くその言葉に裏があるなんて思えなかったから。
小さい頃母親と手を繋いで歩いた事が何となく思い浮かんで、少し不思議な気持ちになる。
結局越野に引かれるまま俺は家に招かれて、夜遅くまで溜込んだ物を吐き出した。
久し振りの自分以外が存在する家での夜は妙に温かくて、睡眠時間は足りない筈なのに、妙にグッスリと眠れた気がした。







「お前何ニヤニヤしてんだよ、気持ち悪い」

一年前の事を思い出しながら一人歩んでいた帰り道。
越野に傘を借りた場所が懐かしくて立ち止まっていたら、容赦無く背中に蹴りを一発貰った。
ベチャと聞こえた音。
きっと今背中には越野の靴の跡がハッキリ残っているんだろう。

「いや、一年前にここで越野に拾われたんだなぁって」
「は?拾ってねーしいらねーよ、こんなデケェの」

にゃーと自分でも似て無いと思う様な猫の真似をしたら、またもう一発蹴りをくらった。
弱まる雨。
雲間から差す光。
それまで降っていた雨が止んで、遠くの空に虹の橋が見えた。







イメージが少し変ってしまいましたが、影響と言うか元ネタになったのは「ア○パン○ンたいそう」の2番です
本当に良い曲、元気出ますよ


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