□焼餅
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好きだと言われて一週間が経った。
返事らしい返事もしないまま今日まできて、結局俺の中でもまだ答えは出ないでいる。
何も無かった事にするのは簡単だけど、それが良いとも思ない。
ただ、自分の中に生まれた小さな変化だけは目を逸らしちゃいけない、そんな気がした。



―焼餅




「あ、三井さん。リョータ呼びましょうか?」
「いや、今回は赤木が次体育だっつーんで代りにお前にこれ持って来ただけ」

たまに2年教室に来てはこうして顔を見せる三井さん。
だいたいは何かしら変な理由が付いてたりして、用のある相手はだいたい俺だった。
でも、それは結局口実で俺に会いたかっただけなのだろうと今では思う。
自惚れとかじゃなく。
そんな状況だ、今日もまた…そう思っても変じゃ無い。
扉前で話す二人の所へ行こうと立ち上がる瞬間に聞こえてきた会話に、何も無かった様に俺は椅子を引き益々深く腰掛けて、聞き耳を立てた。
らしくない。
三井さんからアヤちゃんへと手渡された紙。
さっきの会話からしたらバスケ部関係の何かなんだろう。

「あれ?」

こうして遠目に見ても、アヤちゃんは可愛い。
一目惚れで始まって、気付いたら性格とか何もかも含めて好きになっていた。
それはどれだけ時間が経っても変わりなくて今でも好き。
それに対して三井さんはと言えば第一印象が良いわけもなく、今となっては俺が仲良く出来ている事が不思議だと言う奴もいる。
多分、俺も自分が俺じゃない誰かで何も知らない立場ならこの関係は不思議だ。
まして、最近は三井さんの方に別な感情さえあるのなら尚更に…いや、これは知っている俺だからこその不思議だけど。
勿論断る事も出来る。
勿論断る事も出来る。
あっちは俺がアヤちゃんを好きだと言う事は知っているし、だから返事は期待していないとも言われたのだからそれは可能。
それどころか、伝えておきたかっただけなのだと言われた以上、返事をしない事さえ可能なのだ。
なら考えなきゃ良いのに考えずにいられないのは、きっと、好きだと言われて一瞬でも嬉しいと思ってしまったせい。
それまで自分はいたってノーマルだと思っていたのに、それを覆された気分だった。
そりゃ好きと言われて嫌な気はしないけど仮にも相手は男で、好きの意味も勿論そういう意味な以上俺は喜んじゃいけない。
一般的に考えたら。
だけど俺はちょっととは言え嬉しくて、あまつさえ、女の子の様に顔を真っ赤にして恥ずかしがる姿に可愛いとさえ思った。
自分より図体のデカいあの人を。

「アヤコ、お前シャンプー変えた?」

三井さんがアヤちゃんの髪に顔を近付ける姿が視界に入って、胸の奥がざわついた。
好きな子に近付く男に対する焼餅なのか、自分に好きだと告げた人が別な相手に近付く事に対しての独占欲に似た我儘なのか。
あぁ、重症だ。
どっちに焼餅を焼いてるのかも分らないなんて。

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