□お弁当の話
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―お弁当の話




岸本は悩んでいた。
昼休み、どれだけ鞄を漁っても逆さまにしても何をしても親に渡された弁当が出て来ない。
財布の中も入っているのは73円、それでは購買でパンさえ買えない。
かと言って育ち盛りでバスケ部の自分が昼飯抜きで一日を過ごせるとはとてもでは無いが思えない。
それだけなら金を借りれば良い話だが、親の作ったそれとは別に、もう一つあるのだ。
朝待ち伏せた様に豊玉校門前に立つ、他とは異なる制服の男。
その男に渡された弁当ならある。
渡された時にした少しの話で中身も知っている、中身は小学生が遠足にでも持っていく様な定番的な物ばかりだ。
男も自分がよく知った人間である以上、怪しい事は何一つ無い。
男が作ったと言うだけでもあまり良い気はしないが、この際そんな事は気にしない…で、食べたい気持ちは勿論岸本にもあるのだ。
それでも迷っている理由は、渡してきた男の話にあった。

「岸本、時間無くなんで」

手に弁当が入っているであろう包みと、購買で買ってきた複数のパンを岸本の机の上に置き南は言った。
そのまま前の席の椅子を後ろへ向けて座る。
元々のそこの席の住人はほぼ毎日食堂で昼食を取る為、昼休みの間はそこが南の席になっていた。
岸本が黒板上の時計を見ると南の言う様に昼食の時間そのものが無くなると、腹を括って弁当箱を机の上に乗せる。

「南。物は相談、そのパン3個とこの弁当…交換せん?」
「いらん」

パックの牛乳にストローを刺して返した南の一言。
何故だ何故だと喚く岸本。
ストローから口を離して、南が口を開く。

「食ったれや、朝練前にわざわざ届けに来る大変さ、分らんわけちゃうやろ。土屋のした説明が食欲削ぐ言い方だったとしても、男なら気持ちはくんだれ」

朝、岸本がそれを受け取った時南はその場には居なかった。
それどころか、辺りには本当に数人しか居なかった。
南の言葉に違和感を覚えて、まだ開けていない弁当箱の上に手を乗せると、それはまだ僅かに温かく美味しそうな匂いが岸本の鼻を掠めた。
その弁当が土屋作な事さえ言っていない、その場にも居ない。
なら何故知っているのか。
理由は一つ。
「例え、蛸やら蟹の形を模した肉のミンチだとか甘ダレに付けた肉塊だとか子どもの形になる前に形をグッチャグチャに潰されて焼かれた物だとか言われたんやとしてもな」

順にタコさん、又はカニさんウィンナー。
ミートボール。
玉子焼き。
平然と言ってのけた南の言葉はそのまま土屋に朝の時点で言われた言葉と同じだった。
一つの事が分ると、他に気付けずにいた事にも目がいくもので、もっと早く気付けた筈の答えが一つ岸本の目の前にあった。
南が持ってきた昼食は明らかに多い。
パンだけでも相当な数があるのにもかかわらず、弁当も持参している。
しかし、その弁当には手を一切付けていない。
何よりその弁当の包み自体が見覚えがあるどころでは無い、どう見ても岸本が普段使っているそれだ。
同じ物どころでは無い、そのものなのだ。
岸本は、無い筈だ…とうなだれながらもそれを手にした。
が、軽い。

「つまらん数学の時間に有難く頂戴した。おばさんに美味かったって伝えといてや」

パンの封を開け、ニッと笑う顔は全く造りの違う土屋のする笑顔に重なる。
溜め息をこぼして、腹を括り取った弁当の蓋。
そこには、確かに二人の言った物と海苔と桜田麩でデフォルメされた岸本の顔があった。
一緒に入っていた割り箸を割り、不本意ながらも手を合せるのと同じタイミングで、無情にも昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響く。

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