お宝小説部屋

□たちきち屋さまより「夜に奏でる蜜色の恋」
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今日は金曜日。社会人も学生も、多少は羽を伸ばして楽しい夜を過ごせる、まさに黄金の日だ。

今頃、同僚達は花金(古いって言うな)を謳歌しているだろうと恨みがこもる溜息を吐きつつ、さりとてここで愚痴を漏らすだけでは仕事が終わる訳も無しと、せっせと残業に励む。
しかし0時に近い、こんな夜更けまで仕事をするのは存外嫌いではなかった。

日中のように電話や上司に追い立てられず自分のペースで仕事が出来るし、煩わしい人間関係の気遣いもない。

なにより…。




夜に奏でる蜜色の恋




*****



パソコンを弄る、カタカタという一定のリズムが眠さと苛立ちを煽る、深夜に近い時間帯。
ふと手を止め、疲れた目を休めながら前に視線を向ければ、同じように疲労を表にした紫の瞳とぶつかった。


こんな残業代さえ出ない時刻まで居残るのは、のらりくらりとやるべき仕事を後回しにしている自分か、責任感の強さから人の仕事まで抱え込み(今やってるのは大方、部下の書類の手直しに違いない)、尽きる事を知らない仕事をただ黙々と片す彼くらいだ。

そんな、深い溜息を漏らし肩をコキリと鳴らす同僚のデスクに、ドリンク剤の蓋を開け瓶を置く。


「お疲れさん。伊達はまだやってくの?」

「すまんな。…いや、これで終わりだ。今日はもう帰る。羽柴、お前はまだやるのか?」

「いや。俺も帰るよ。残業代も出ないしさ」

「はは、確かにそうだな。
……まぁ、家に帰ってもどうせ一人だし、な…」



呟きをドリンク剤と一緒に飲み干し、コクリと白い喉を上下させ、馳走になったと仰々しく頭を下げる彼の、その腕を無意識に掴む。


「なんだ?どうした羽柴」


どうしただって?それはこちらが聞きたい。


「あー…。いや、あの、えーっと?」

「なんだ?立ちくらみでもしたか?」


心配気にこちらを覗き込む瞳に、先程までの弱々しさはまるでない。

ない、がしかし。

自分は見てしまったのだ。あの、寂しそうな瞳を。強い彼の、一瞬の弱さを。

大人にだって、寂しい、人恋しい夜はある。
子供のように泣きじゃくる事が出来ない分だけ、その空虚さは計り知れないものなのかも知れない。

明かりの灯らない家。

寒々しい部屋。

一人きりの、静寂。


今までは平気だった事が、ほんの僅かな心の綻びから"寂しさ″を入り込ませる、今日はそんな夜なのかも知れない。彼も、自分も。


だから


「……あのさ」

「なんだ?」

「今日は金曜だし、俺も家、一人だしさ、だから、あの」

「羽柴?」



…一緒に、いようよ。



「……っ」

「もちろん金無いから宅飲みだけどなー」

「……発泡酒は嫌だぞ。そして金はお前持ちなら行っても良い」

「全部!?いやいやそれは無理だから征士さん」

「誘っておいて金を出させる気か?当麻くん」

「だから無理だって!財布見てみろよ!ほら!」

「…ふっ、貧乏人め」



疲れた顔はそのままに、眦と口角が穏やかな孤を描く。
それを見てとり、ホッと己も眦を下げる。




残業は口実で。本当は君と少しでも一緒に居たかったんだ−…




今だ可笑しそうに笑う君に、そう告げてみれば、みるみる桃色に染まる頬。
その鮮やかな頬にひとつ、唇を落としながら小さく囁く。



「君がずっと、好きだったんだ」



桃色から紅色へと変わるその頬は、了承と受けとっても構いませんか?




寂しい闇に明かりが灯る。
見上げれば、満ちた月の淡い光が貴方のようで。
触れた唇から、愛しさの歌が聞こえた。

‐了‐

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