当×征小説 番外
□朧月‐side.Seiji‐
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夜の闇のなか、静かに白銀(ぎん)色の雨が降る。
氷のようなその一粒一粒は、世界を凍えさせるかと思う程で。
征士は、ずぶ濡れでその中に立ち竦んでいた。
金の髪は濡れて額や頬に貼り付いて、着ている服も絞れる程に雨を吸ってしまっている。
もう、どれだけの間こうしているのか、征士自身にも判りはしなかった。
身体は冷えきって、手足の指は悴んでしまっていた。
けれど、征士の心はそれ以上に冷たく凍えそうだった。
愛しい恋人は今、戦いの傷が元で生死をさ迷っている。
苦しむ彼の姿を見ていられなくて、征士は逃げて来てしまった。
我ながら、酷いと思う。
けれど、当麻の生命(いのち)が消えていきそうな様を見ているのは、気が狂いそうな程恐ろしくて。
―――情けない自分は、祈ることしか出来ない。
厚い雨雲に覆われた月に、願いを掛ける。
どうか、届いて欲しい。
見えない月に祈り続ける。
月には、魔力があると言う。
ならば、願いを聞いて欲しい。
私の全てと引き換えてもいい。
光輪の力も。
この生命(いのち)も。
その魔力(ちから)の糧として構わないから―――
他は何もいらない。
当麻しかいない。
私が愛するのは、永遠に唯一人だから。
どうか、彼を救って下さい―――!
征士は濡れた地面に膝を着いた。
意識が薄れてくる。
身体の感覚も、もうなくて。
征士はその場に崩れ落ちるように倒れた。
*********
暖かさを感じて、征士は目を開けた。
「―――何処だ……ここは」
身体を起こして、周りを見回した。
確か、自分は雨の中にいたはず―――
だが今、征士の周囲にはただ淡い光が広がっているだけだった。
上下左右も、この場所が広いのか狭いのかすら判らないような不思議な空間。
びしょ濡れだった髪や服も乾いていて、冷えきっていた身体もすっかり体温が戻っていた。
「どうなってるんだ…。一体……」
呟いた征士の耳に、静かな声が聞こえた。
『―――願いを掛けたか』
思わず身構えた征士の耳――というより、頭に直接響くようなその声は、再び繰返した。
『祈ったのは、そなたか』
月―――なのか。
まさか。
けれど、なんでもいい。例えば、魔性のものでも。
当麻を救ってくれるのならば―――
「……確かに、私だ」
『………そなたの想い人の命は、もうすぐ消えるな』
びくり、と征士の身体が震えた。
はっきり告げられると、恐怖に心臓が押し潰されそうになる。
堪えるように、自分で自分の身体を抱き締めた。
「だから、祈ったのだ…!当麻を助けて欲しいと!」
『自分の命と引き替えでも構わない――か?』
「構わない」
『随分と勝手な願いだな』
淡々とした声が、征士の胸に突き刺さる。
「な…に……?」
『自分が残されるのが辛いのならば、相手もそうだとは思わぬか』
「…っ!」
征士はビクリと肩を揺らした。
『そなたの命と引き替えに助かって、当麻とやらは喜ぶのか』
「それは…っ」
感情のない声が、畳み掛けるように続ける。
『相手に無理矢理辛いことを押し付けて、そなたは逃げるのか』
征士は何も言えなくなった。
ただ、寒くもないのに震える身体を抑えるように抱いた。
自分は、臆病で卑怯で……醜い―――
征士の頬を、涙が伝う。
「………それでも、私は耐えられないのだ」
例え、狡いと解っていても。
例え、当麻が苦しむことを解っていても。
「当麻がいなくなったら……私はおかしくなる」
考えただけでも、気が狂いそうな程に恐ろしいのに。
「当麻がいなければ、私は生きてゆけないのだ―――」
何時から、自分はこんなにも当麻に依存してしまっていたのだろう。
当麻に出会うまでは、こんな自分は知らなかった。
臆病で狡くて、誰かを苦しい程に愛する自分など―――
征士は蹲って、涙を溢す。
“声”は答えない。
「………救えないのなら―――いっそ、私を殺してくれ」
絞り出すような声で言った征士に、感情の見えない声が告げる。
『―――いいだろう』
ハッと征士は顔を上げた。
『そなたの、光の力は貰う。あの者は助けよう。………が、二人ともに生きられるかどうかは、そなたの運次第だ』
当麻が助かる―――!
征士はパッと顔を上げた。
「ありが―――」
『礼はいらぬ。そなたも代償を払うのだから』
その声と同時に、征士の身体を閃光が走り抜けた。
そのまま、征士の意識は混濁する。
「当…麻―――」
倒れ伏した征士の唇が、小さく恋人の名を紡いだ―――
《‐side. Touma‐に続く》