当×征小説 番外
□朧月‐side.Seiji U‐
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声が、聞こえる。
自分を呼ぶ声が。
当麻だ。
“行かなくては”と思うけれど、身体はいうことをきかない。
まるで地面に縫い付けられたように、指一本すら動かせない。
『なんでなんだよ……!』
泣きそうな当麻の声が響いた。
当麻…、怒っているのか?
自分勝手で、愚かな私に。
けれど、私は耐えられなかったのだ。
お前を失うという恐怖に。
馬鹿な願いだと解っていても、気が狂いそうな程の哀しみの前には冷静さなどなくて。
許して欲しいとは言えない。
ただ、そんな風に泣かないで欲しい。
当麻………
なかないで―――
*********
胸の辺りから、じわりと熱が身体に広がるのを征士は感じた。
それと共に、鉛のようだった身体が軽くなる。
少し指を動かしてみた。
胸に溜まっていたような息を、ゆっくりと吐き出す。
重かった目蓋を持ち上げた。
ぼやけた視界がクリアになると、目に入ったのは見知らぬ男の姿だった。
けれど、征士にはなんとなく解った。
自分の願いを聞いてくれた、あの声の主だろう。
感情の見えない蒼い瞳が、自分を見下ろしている。
「動けるか」
聞き覚えのある淡々とした声が降って来て、征士は小さく頷いた。
だるいような感じはするが、それだけだった。
「……当麻は」
まだはっきりとしない頭で、彼の声を聞いたことを思い出す。
「そこにいる。結界は解いた。行ってやるといい」
「―――!当麻!!」
辺りを巡らせた瞳に地面に踞っている当麻の姿が映って、征士は一気に覚醒した。
駆け寄って抱き起こすと、当麻は苦し気に呻く。
「う……っ」
「当麻…!」
「征士……。良かった……」
掠れた声でそう言って、当麻は安堵した様に息をついた。
「お前、一体……。まさか―――」
身体を苛む苦痛に眉をしかめながらも、当麻は少し笑ってみせた。
「おあいこ……ってヤツだろ。……ってか…お前に貰ったもの…半分返しただけだ……。っ…う」
「……馬鹿者…っ」
「どっちが、馬鹿だよ…!言っとくけど……俺は、怒ってんだからな…っ」
「……っ!」
征士は言葉に詰まって瞳を伏せた。
「こんな、ことして……俺が、どんなにショックだったと思うんだよ…!皆だって…すげぇ心配、してる……!」
切れ切れに、苦しそうな息をつきながら当麻は言った。
「……すまない。…けれど、話は後にしよう、当麻。……あまり喋るな」
「そうだな、私もそう思うぞ。それでは帰ることも出来まい」
いつの間にか征士の後ろに立っていた男が、当麻を見下ろしていた。
男は身体を屈めると、当麻の頬に手を触れる。
その手はひんやりとしていて、苦痛と熱に侵された様な当麻の身体には心地よかった。
大きく息をついて目を閉じた当麻は、そのままゆっくりと眠りに堕ちた。
「―――ありがとうございました」
征士は傍らに立つ男に言った。
自分の膝に頭を預けて眠る当麻の髪を、そっと指で弄ぶ。
「貴方のお陰で、当麻も私も死なずにすんだ」
「礼には及ばん。そなたの強い祈りの力が、私を呼んだだけだ」
「それでも―――貴方が答えてくれなければ、当麻は死んでいた。……私だって、生きては行けない」
「自分以外の誰かがいなければ生きられぬというのは、私には解らぬが……そなた達を見ていると、少し羨ましくもあるな」
分かりにくい男の表情だが、少し淋しげに見える、と征士は思った。
「そなた達の生命(いのち)の輝きは、美しい。久しぶりだ、そういう人間は。……出来るならば、此処に留め置きたい気もするが―――」
男の瞳が、すっと細められる。
「私なら、それが出来る力がある」
此方を見る蒼い瞳を、征士は真っ直ぐに見つめ返した。
そして、ゆっくりと微笑む。
「けれど、貴方はそんな事はしない。……違いますか」
「――――」
男は驚いたように軽く目を見開いた。
「………貴方は冷たそうに見えるけれど、本当はとても優しい方だ。私には解る。きっと、当麻にも」
「…………」
男は無言で正面を見据えていた。
征士も黙ったまま、当麻の髪をすいていた。
長いような短いような沈黙の後、征士が口を開いた。
「こんなことを言うのは、烏滸がましいのだろうけれど……貴方は、以前の私と似ている気がする」