当×征小説 番外
□空と月と闇@‐欠ける月‐
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―――呼ばれている気がする
何処か遠く
初めは微かに
そして それは徐々に近くなってきて
恐いような 切ないような
何処か懐かしいような
不思議な感覚を呼び起こす―――
*********
「………士。征士?」
当麻は、ソファに座って窓の外を眺めている征士に声を掛けた。
ハッとした様に、征士が振り返る。
「…あ。すまない、当麻。なんだ?」
ぎこちなく微笑んだ征士の隣に、当麻は腰を掛ける。
「いや、ぼーっとしてるからさ……。どうかしたのか?」
最近、征士は時折こうして遠くを見ている。
それも、何か見えるとは思えない月のない夜に。
「なんでもない。…別に」
そう言って、再び窓の外に目をやった征士の横顔を当麻は見つめた。物憂げなその表情に、何故だかとても不安になる。
こんな時、菫色の瞳は当麻の姿を映さない。まるで意識は違う世界にいるみたいに、憑かれた様に何もない闇を見つめていて。
いつも、そんな征士に焦れた当麻が、此方に無理矢理引き戻すのだ。
当麻は征士の腕を掴むと、ぐいっと自分の胸に引き寄せた。
「!―――当麻?」
強く抱き締めて、耳元に囁く。
「俺を見て。征士」
「……どうしたんだ?当麻」
不思議そうな声。
征士は自分のおかしな行動に、あまり自覚はないのだろうか。
当麻はぞくりと背筋を震わせた。
月の見えない、静寂の闇。
何かあるかの様に、そこを見つめる征士。
不安で不安で、当麻は焦りすら覚えるのに。
闇―――
征士を抱きすくめたまま、当麻は窓の外の暗闇を見据えた。
以前―――その身に闇を纏った男がいた。
その姿が、当麻の脳裏に浮かんだ。
幾度となく武器を交え、特に征士と相対した男。
光と闇。
光輪と闇魔将―――
闇は、光に焦がれている様に見えはしなかったか。
戦いが終わって数年。
あの男は、今どうしているのだろうか。
あの静かに広がる闇の中に、いるのだろうか―――?
*********
征士は、布団をはね飛ばす勢いで飛び起きた。
冷たい汗が背中を伝う。
大きく息をついた。
忘れてしまったけれど、なんだかとても恐ろしい夢を見た気がする。
隣で眠る当麻の腕に、すがる様にしがみついた。
「せ…いじ……?」
ぼんやりと目を開けた当麻は、自分の腕に絡んだ征士の手の震えに気付き、珍しく直ぐに覚醒した様だった。
何時もなら、寝起きの悪さは天下一品なのだが。
「どうしたんだ?」
少し身体を起こした当麻の胸に、征士は子供みたいに顔を埋めた。
震える身体を止められない。
全力疾走した後みたいに、鼓動も速い。
恐い。
形のある恐怖、というよりも、漠然とした恐怖。
何がどう恐いのか、征士自身もよく分からなかった。
ただ、今の平穏な生活が変わってしまう様な、自分が何か違うものになってしまう様な、そういう感覚に似た恐怖。
「…………こわい」
消え入りそうな声で言った征士に、一瞬驚いた様に目を見開いて、当麻はそっとその背中を抱いてきた。
「大丈夫だ。征士」
力強い当麻の声に、征士も彼の背に腕を回す。
「大丈夫だから」
もう一度耳元で繰り返す声に、征士は安堵した様に息をついた。
「………すまない。当麻」
「…いや。けど、一体どうしたんだ、征士」
征士はちょっと躊躇う様に口を開いた。
「………自分でも、よく分からない。ただ…呼ばれている気がするのだ……」
ずっと、自分を誘う声が聞こえる。
否、“声”というには曖昧な……。それは“思念”と言うべきか。
「呼ばれて――?」
「抗えないのだ、私は。………多分」
「……征士?」
「当麻……っ!」
征士は、当麻の背に回した腕に力を込めた。
「頼む、当麻。私を離すな。……情けないが、きっと私は、私を止められない……!」
そうだ。
それは、甘美な恐怖。
抗えない。
逃げられない。
捕らわれてしまう。
だから、恐い―――!
「………誰が、お前を呼んでるっていうんだ」
当麻が、押し殺した様な低い声で言った。
「……………」
征士はそれには答えなかった。
声に出してしまえば、その男がもっと近くなる気がして。
ただ、当麻の胸に頬を寄せていた。
当麻は征士の頭に手を添えて、自分に抱き込む様にする。
「大丈夫だ。……お前を誰にも渡さない。離さないから―――」