当×征小説 番外
□空と月と闇A‐堕ちる月‐
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征士はまた跳ね起きた。
額の汗を袖で拭う。
最近、頻繁に夢を見る。
相変わらず内容ははっきり覚えていないけれど、それが甘い恐怖なのは変わらない。
以前は月のない夜のことが多かったのに、この頃はそれは関係なくやって来る。
今夜は自室で寝ていたから、すがる者のいない腕は自身を抱いた。
呼んでいる。
私を。
求められている。
光を。
求められるままに行けば楽なのかもしれない、と思える甘美な誘惑。
けれど、私は―――
当麻の所に行こうか、と思う。
とてもじゃないが、眠れる気がしなかった。
―――闇が、そこまで来ている。
今までにない、強い思念。
征士はゆっくりと立ち上がって、部屋を出た。
けれども、意に反して足はそのまま外に向かう。
行かなくてはならない。
行ってはいけない。
求められている。
答えては駄目だ。
憑かれたように外を目指そうとする身体の中で、相反する感情が渦巻く。
目眩がする。
靄がかかったような思考と視界の中で、征士は何度も足が縺れて壁に手をつきながら進んだ。
ようやく玄関にたどり着き扉を開けると、真夜中の少しひんやりとした空気が頬を撫でる。
それと共に、肌が粟立つ程の思念を感じた。それは、征士の思考の靄を吹き飛ばしその身体を絡めとる様に包み込んでくる。
立ち竦む征士の目の前の木立から、その男は姿を現した。
深い翠の瞳と、闇色の髪。男らしく整った顔の左側には、十字の傷跡。
3年前には、敵として幾度も剣を交えた相手。
「―――悪奴弥守……」
久しぶりに声にしたその名前に、征士の心臓はドクンと波打つ。
「……光輪」
そしてまた、呼ばれたその名に時が止まったような感じを受けて、征士は目の前の男を見つめた。
以前は禍々しいだけだった闇の魔将の気は、今はただ、何処までも深く静かな闇を思わせるもので、逆に征士をすくませる。
否、もう“魔将”ではないが―――
「光輪」
静かに、けれど力強くもう一度呼ばれて、征士はふらふらと男の側まで歩み寄る。
見上げれば、真っ直ぐに此方を見つめる瞳に吸い込まれそうな錯覚を受けた。
「………お前が出てくるのを待っていた」
大きな手が征士に向かって伸ばされ、腰を捕らえられ引き寄せられた。
そのまま広い胸に抱き締められても、征士は抵抗出来なかった。
当麻以外の誰かに触れられる事なんて、耐えられないだろうと思っていたのに。
嫌ではなかった。
この腕を、拒む事は出来ない―――
征士はゆっくりと目蓋を伏せた。
呑まれてしまう。
深い闇の中に。
ただ、静寂が有るのみの深淵の闇。
きっともう、逃れられない。
天空(そら)には、還れない―――
*********
小さな物音に、当麻は目を覚ました。
何時もならその位で目を覚ますなんてあり得ないのだが、妙な胸騒ぎに襲われたのだ。
急いで征士の部屋に行き、彼の姿がないことに焦って玄関へと走る。
心臓が早鐘のように鳴って、嫌な汗が額から流れ落ちる。
外へ飛び出した当麻は、思わず足を止めた。
闇―――!
辺りは、足元も見えない程の漆黒の闇に包まれていた。
何の物音も聞こえず、生き物の気配すらない。
まさか、そんな―――
「征士―――!!」
叫んだ自分の声も、闇に吸い込まれて消えて行くような気がした。
「征士!!どこだ!!」
何も見えない周囲に瞳を巡らせて、当麻は声の限り恋人の名を呼ぶ。
答えるものは何もなくて、当麻は焦りを募らせた。
「当麻!?一体どうし―――!」
玄関の扉が開いて、伸・遼・秀が飛び出して来たが、辺りの様子に驚いて足を止める。
「これは―――」
闇の中に足を踏み出そうとした遼を、伸が腕を前に出して引き留めた。
「駄目だ、遼。……呑まれるよ」
「え…?」
「この敷地内までなら大丈夫。以前、僕と当麻で結界張ったからね」
「そういえば、なんかやってたな、二人で」
秀が思い出したように言った。
「……征士、自分から外に出たんだね」
伸が、まるで何か見えるかの様に闇を見据えた。
「……嫌な感じはしねぇけど…」
秀がポツリと呟いた。
「だからだよ。邪気があれば、征士が行く訳ないだろう?これは―――」
伸はくっと眉を寄せた。
「ある意味、純粋に征士を求める“想い”だよ」
「………くそっ…!」
ドン!―――と
当麻が、玄関口の壁を拳で叩いた。
そして低く呟く。
「……俺、行く」