当×征小説 番外

□空と月と闇B‐新月の夜‐
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その男は、永い永い時間を闇と共にあった。
孤独には慣れているつもりでいた。


けれど、ある日その闇の中に一条の光。

目を奪われ、惹かれ、焦がれた。

気高く美しいその姿はあまりにも眩しくて、どんなに手を伸ばしても届かない月の様で。

そして―――


月は、空のものだった。


男は狂おしくその名を呼び続けた。

その姿に触れたくて。抱き締めたくて、手に入れたくて。

愛しくて。

その名を呼び続けた。


光輪―――


そして今、ようやく彼を手に入れた。
光は、この腕の中にある。



悪奴弥守は、想いを込めてその身体を抱き締める。


「………光輪」


愛しき者は、男の腕を拒むことはないけれど求めて来ることもなく、それがもどかしく悲しかった。


脳裏に藍色の鎧の戦士の姿が浮かび上がって、悪奴弥守は歯噛みする。


『絶対に、貴様に征士は渡さない』


そう言って、此方を見据えた空の色を湛えた瞳。


何故―――
月は、自ら降りて来たのに。
それでも空に帰りたいと言うのか。
この腕をすり抜けて行ってしまうのか。

何故―――

こんなにも苦しい程に求めているのに、全てを手に入れることは出来ないと言うのか。


「………駄目だ」


俯いてかぶりを振って、征士は呟く。
何度も繰り返される言葉。
伏せた瞳は、揺れている。


「駄目なのだ」


「何故、俺では駄目なんだ」


なら、どうして自分の元へ来たのか。
どうして逃げずに此処にいるのか。


「敵同士だったからか」


「……違う」


「………俺が嫌いか」


「……違う…!」


「なら、何故―――」


悪奴弥守は、征士の肩を強く掴んだ。
その痛みの為か、それとも他の理由か、征士の顔が泣きそうに歪む。


「私が愛しているのは………当麻だからだ」


「―――――!」


悪奴弥守の表情が一瞬凍り付く。
分かってはいたことだが、言葉にされるとそれは胸に重く響いた。


「………忘れろ。忘れてしまえ、天空のことは…!」


「……悪奴弥守」


低く絞り出すような声で言った悪奴弥守に、やはり征士は頭を振った。


「無茶を言うな―――」


「俺が、忘れさせてやる」


そう言って、悪奴弥守は征士の身体を強く抱き寄せた。




 *********




―――堕ちる


身体が急降下するみたいな感覚と、底の無い闇に吸い込まれる様な錯覚。

触れられ、身悶え、喘ぎながら、征士は闇に染まってゆく。
闇の支配者の腕の中で、悦びを感じる自分がいる。

奇妙な充足感。

身体が反応するままに、征士は甘い声を上げた。
自分の中の何かがこの男を求めていたことを、戸惑いながらも認めざるを得なかった。

それは身体の奥深くに刻まれたもの。
理性や感情とは別のもの。
それが本能と呼ぶべきものなのかどうなのかは、定かでないけれど。

しかし、其処が満たされる程に、心には穴が空いてゆく。

空虚感に心が涙を流す。


「―――美しいな……光輪」


うっとりと囁く男の腕に爪を立てる。

愛しげに自分を呼ぶ声を聞きながら、征士は意識を手離した―――




 *********




―――もう、どのくらい時間が経ったのかも判らない。

征士はうとうとと微睡んでいた。

ただ静寂あるのみの闇の中、感じるのは自分ともう一人の存在だけだった。

狂ってしまってもよさそうな状態にもかかわらず、安らぎすら感じてしまうのは、もしかするともう既におかしくなってしまっているのかもしれないけれど。



―――ああ、そうだ。
当麻の腕から離れて此処へ来た時から、もう私は狂っていたのだ。
当麻を愛していると言いながら、他の男の腕の中にいる私は、どうかしている。


けれど―――


当麻を忘れることなんて有り得ない。
現に、ずっと彼のことばかり考えている。


今はどうしているだろう。
きっと、とても怒っている。

私のことなど、もうどうでも良くなっているかもしれない―――



そこまで考えて、征士はぞくりと背筋を震わせた。


当麻に……見捨てられるかもしれない。
もし戻ることが出来たとしても、もう今までのような関係ではいられないかもしれない。
あの、私を見つめる優しい空の瞳も、名を呼ぶ穏やかな声も、強く抱き締めてくる腕も……全て失うのか。

自らの愚かな行動によって―――

気だるい身体を動かして、征士は右腕で目を覆った。

涙が頬を伝う。


「―――光輪」
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