当×征小説

□月の雫‐vol.2‐
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「そうだな……。此処で、色んなことがあった―――」


当麻の瞳に宿った複雑な色の光に、征士は戸惑う。


「当麻……?」


時折見せる当麻のこの表情は、征士を困惑させる。
記憶を無くして、病院で会った時から。
当麻のこんな瞳を見ているのは、とても辛いと思うのに………。


「……当麻。話してくれないか。お前はまだ、何か私に教えてくれていないことがあるだろう……?」


何故、そんな目をするのか。
何を隠しているのか。
ずっとずっと気になっていた。


「………何も」


少しの沈黙の後、当麻が目を逸らして呟いた。


「何もない」


「嘘だ」


そんな筈はない。
何もないなら、何故そんな瞳で私を見る。
何故、目を逸らす。

征士は歯痒い思いで、拳を握った。


「嘘じゃない」


そんな訳がないのは明らかなのに。
頑なな当麻の態度に、征士は思わずカッとなって睨み付けた。


「話してくれなければ、解らないだろう……!」


「話して解るものとは限らない!」


当麻も声を荒げて、征士に鋭い目を向けた。

当麻にそんな瞳を向けられたのは初めてで、征士は思わず怯んでしまう。
何時も自分に対しては、全てを包んでくれるかの様な優しい当麻の見たことのない表情に、征士は戸惑った。

そんな怯えた様な征士に、当麻は余計に腹がたってくる。
今まで、なるべく押さえてきた怒りとも悔しさともつかない想いが、溢れ始めると止まらない。


「………お前は忘れたんだ」


「―――っ!」


低く絞り出す様な当麻の声に、征士はビクリと身体を震わせる。


「俺たちの20年間は、説明して簡単に解るものなのか」


「当麻―――」


「お前は忘れた。俺たちのこと―――俺のことを。お前にとっては、それくらいのものだったってことじゃないのか」


「………違う」


責める様な瞳に、征士は掠れた小さな声でそれだけ言うのが精一杯で。


「何が違う。……忘れたお前に、何が解るって言うんだ!?」


「違うんだ……。当麻」


征士は両手を頭にやって、かぶりを振った。
確かに忘れてしまったけれど、そんな簡単なものではないことは、頭の何処かで解っている。
けれど、それは上手く言葉には出来ない感覚で。

征士は泣きたくなった。

どう言えば、当麻に伝わるのだろう。

理屈でなくて、感覚で解っている大事なもの。
ただ、当麻の口から、それは正解だと伝えて欲しい。
それだけでいいのだ。


「当麻。私は―――」


「お前には、解らない。………解る訳がない」


氷の様な冷たいその声に、征士の胸がズキリと痛む。


「……当麻。だが……っ!」


言葉が見つからなくて、伏せていた目を上げたら当麻の冷たい瞳とぶつかった。

胸が痛くて息が詰まりそうで、苦しくて哀しくて。
征士は気がつくと、当麻の家を飛び出していた。




 *********




「―――くそ……っ!」


征士が出て行ってから、当麻は八つ当たりをするようにテーブルを拳で叩いた。
大きく息をついて椅子に座ると、自己嫌悪に頭を抱える。

馬鹿なことを言ったと思う。
征士は悪くない。
記憶が戻らなくて、もどかしくて苦しんでいるのも解っている。

けれど―――


「……俺だって、辛くない訳じゃないんだ………」


何故自分のことを忘れてしまったのか、という怒りがずっと心の何処かにあった。
他の奴を忘れても、自分のことだけは覚えていて欲しかった。

理不尽だと、解っていても―――

征士に忘れられて、知らない奴を見るような目で見つめられて。
触れたいのに触れられなくて。

彼を求める心は、ずっと宙に浮いたままで。
もて余したその心が、悲鳴を上げていた。

好きで好きで堪らなくて。
愛しくて。
だから哀しくて、悔しくて。
苦しくて。

ずっと押さえていたのだけれど。

もう限界、だったのか。
傷付けるつもりなんてなかったのに………。

征士の怯えた様な瞳が、脳裏に蘇る。
あんな風に見られるのは初めてで、その事も辛かった。

当麻の頬を、涙が一筋伝った。




 *********




夕暮れの街を、征士はあてもなく歩いていた。

記憶のない征士には此処は初めて来た場所と同じだけれど、今は周りを見る余裕もなくて、ただ、とぼとぼと足を進めていた。

当麻があんな風に怒る姿は初めてで、どうしたらいいのか判らなかった。
以前の自分ならば、彼のあんな部分も知っていたのだろうか。


(本当に、私は何も知らない。………解っていない………)


記憶のないことを言い訳に、当麻の気遣いに甘えて、今までずっと彼の事を何も考えようとしなかった。
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