当×征小説 番外

□空と月と闇A‐堕ちる月‐
2ページ/3ページ

「当麻!?」


「やめな、当麻。この闇は君への牽制みたいだけれど、実際中に呑まれたら征士を連れ戻すことも……きっと、抜け出すことすらも出来ないよ」


「……けど―――!」


伸が、当麻の腕をつかんで言い聞かせるように言った。


「それが解らない君じゃないだろう。……落ち着きなよ。とりあえず、征士の命に関わることではないだろう?」


「落ち着いてなんていられるか!!」


怒鳴った当麻の顔が、泣きそうに歪んだ。


「自分のこと離さないでくれ、ってあいつ言ってたのに……!なのに、俺は―――」


ずっとずっと、側についていれば良かった。たとえ、征士が一人になりたいと言っても、片時も離れずずっと側に。


震える自分の両手を、当麻は見つめた。


「……手を、離すんじゃなかった…!」


「伸、当麻!あれ―――!」


遼が示した方を見ると、辺りを包んだ闇が徐々に消えていっていた。

けれど、周囲が月明かりに照らされても、征士の姿も彼を捕らえた男の姿もなくて。

当麻はただ呆然と、その場に立ちつくしていた―――




 *********




―――光輪


静寂の中、静かに自分を呼ぶ声だけが響く。
征士の身体を抱き締めていた腕がゆっくりと解かれ、大きな手が金の髪をそっと撫でた。そのまま確かめるように白い頬を包む。


征士は、されるがままにじっとしていた。

愛しげに、まるで宝物でも扱うかのように触れる手を、拒むことは出来なかった。

あれだけ感じていた恐怖は嘘のように消えていて、今はただ切ないような泣きたくなるような想いだけが、征士を包んでいた。


「……光輪」


顔を上向けられ、唇を奪われた。
最初はそっと。
そして徐々に激しくなる口付けに、征士は悪奴弥守の腕に取りすがった。


「……っ…悪奴弥守…」


もう一度抱き締められ、征士は目を閉じ眉を寄せた。


いけない―――!


と、心の奥で声がする。

受け入れてはいけない。

溺れてはいけない。

堕ちてはいけない。

何故なら―――


『征士―――!!』


頭の中に当麻の声が響いて、征士はハッと目を開けた。
悪奴弥守の胸を押し、身体を少し離して首を振った。


「駄目…駄目だ。私は……」


悪奴弥守は、征士を逃がすまいとするようにその手首を掴んだ。
その強い力に、征士は手首よりも胸が痛むのを感じる。


「……光輪。俺と来い」


翠の瞳が、真っ直ぐに征士を見ていた。
戦っていた時は何とも思わなかったのに、何故今はこんなにも動揺するのだろう。


「いけない……」


顔を伏せた征士を、悪奴弥守は引き寄せる。


「何故だ。………天空か」


「私は―――私は、当麻のものなのだ」


「俺も、お前が欲しい。何故俺ではいけない?……お前は、此処にいるのに」


はっとしたように、征士は顔を上げた。


「お前は、自ら此処に来たのに―――」




 *********




頭が真っ白になった後に襲って来たのは、行ってしまった征士への怒りと、気付かなかった自分への怒り。

心配してくれた遼に八つ当たりして、伸に一喝された。

頭を冷やせと言われて、外に飛び出した。

当麻は別荘の側の木立の中で、一人座っていた。
木の幹に凭れ、抱えた膝に顔を埋める。

焦りと自己嫌悪で、おかしくなりそうだった。

何も出来なかった自分に、周囲に当たる自分に苛立つ。


「………当麻?」


名を呼ばれ顔を上げると、少し離れた木の側で、遼が此方を窺う様に立っていた。


「遼………」


「……大丈夫、か?」


控え目に、気遣う様に自分を見つめる黒い瞳に、当麻は大きく息をついて小さく笑った。


「……さっきは、悪かったな」


「いや、オレは別に……」


遼は当麻の隣にやって来ると、同じ様にして座った。


「あの、さ。征士は大丈夫だと思うぞ。だって征士、本当に当麻のこと好きだし―――」


「解ってる。………それは解ってんだ、俺も」


征士が自分に言ってくれた“好きだ”という言葉。
あの征士が、簡単な気持ちで口にする言葉ではないと思う。

けれど―――

当麻は両手で顔を覆った。

闇を纏うあの男の姿を思い出すと、憎しみにも似た嫉妬と焦燥で気が狂いそうだった。


「けど、あいつは違うんだよ、遼。……征士を連れてったのが他の誰かなら、多分俺もここまで焦ったりしない」
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ