当×征小説 番外

□空と月と闇B‐新月の夜‐
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静かな声が、征士を呼んだ。


「泣いているのか、光輪」


大きな手がそっと征士の腕を退かせ、悪奴弥守が顔を除き込んで来た。


「………見るな」


征士は涙に濡れた顔を背け、目を逸らす。
唇が震えるのを押さえようと噛み締めた。


「噛むな…傷になるぞ」


そう言って、悪奴弥守はそっと征士の唇を解くように口付ける。
征士はゆっくりと目を閉じた。


―――触れられると、溺れそうになる。

けれど―――


再びその瞳から涙が溢れたのを見て、悪奴弥守は眉を寄せ征士を見つめた。


「何故泣く?………まだ、天空のことを考えているのか。そんなに…奴の所に戻りたいのか」


「……会いたい……けれどもう会えない―――」


言葉にすると余計に感情が高ぶって。
声を上げて泣きそうになる自分に、征士は両手で口元を覆って身体を丸めた。


「………当…麻―――」


消え入りそうな程の小さな声で呟いた征士に、悪奴弥守の瞳は見開かれた。


「………光輪……」


途方にくれた様な手が、震える征士の肩に触れた。



―――当麻に会いたい。

そう征士は泣き続けた。


けれど、会えない。
会うのが恐ろしい。

自業自得とはいえ、当麻に拒絶されたら、と考えるだけで背筋が凍りつきそうで。
そして………本当にそうなってしまったら、きっと自分は生きてゆけない。


なら、このまま此処にいるしかないのか。
当麻を求める心を殺したままで―――




 *********




木漏れ日の中に鳥のさえずり。
それは初夏ののどかな風景。

だが、当麻は征士を呑み込んだ闇が広がっていた辺りをずっと探っていた。
少しでも何か征士に繋がる物が見つからないかと。
けれど、それは何時も徒労に終わる。
それでも他に方法が思いつかなくて、じっとなんてしていられなくて。


自分がこうしている間も征士はあの男の腕の中にいるのかと思うと、焦りと嫉妬でおかしくなりそうだった。

このまま彼が戻って来なかったら、自分はどうなってしまうのだろう。
見えない恐怖に、当麻は背筋を震わせた。


―――駄目だ!
弱音は吐かないと、遼にも言ったのに…!


当麻は、木の幹に凭れため息をついた。

どうすれば征士を見つけられるのか、分からない。
自分が情けなくて泣けてくる。

片手で顔を覆った当麻に、横から聞き覚えのある声がかけられた。


「そこにいるのは……天空か?」


はっと顔を上げると、長い銀色の髪の男が立っていた。

深い蒼の瞳は、左側は眼帯で隠されている。
端正な顔立ちは、それによって随分印象が変わって見えた。


「………螺呪羅……!」


「そう身構えるな。今は敵同士ではなかろう」


くすりと笑われ、当麻は思わず緊張の走った自分の身体に気付いた。


―――元、幻魔将。
悪奴弥守と同じく、自分たちと敵対した四魔将の一人。

あの頃はあまり話すこともなかったが、落ち着いた声とその雰囲気は相手を一歩退かせるようなものがあった。


「何故、お前まで此処に―――」


当麻は呆然と呟く。


「“まで”ということは……やはり此方に来ているのだな」


「………何?」


螺呪羅は苦笑いして言った。


「すまんな。光輪に迷惑をかけているのではないか。あの馬鹿は」


「っ!征士を―――連れて行ったんだ!分からないか、何処へ行ったのか!」


「!?天空?……落ち着け、それはどういう―――」


突然掴みかかる勢いで迫って来た当麻に、螺呪羅は驚いたように片目を見開いた。彼にとっても、意外なことのようだった。





「―――悪奴弥守が、光輪を何処かへ連れ去ったと?」


「そうだ。もう……3日になる―――お前は何か知らないのか」


当麻の話を聞いて、螺呪羅は右手を顎にやって眉を寄せた。


「いや……。煩悩京の方には戻ってはいないが―――しかし、光輪に執着しているのは知っていたが、まさかそこまでするとは……。あの馬鹿が」


「………くそ…っ!」


当麻は拳で側の木の幹を叩いた。
何か手掛かりをと、一瞬期待しただけに悔しさが増す。


「征士…!」


木の幹に置いたままの拳に額を当て、当麻は低く呻く様に呟いた。そんな当麻の様子を見ていた螺呪羅は、何か気付いた様に眉を上げた。


「………天空。もしかしなくとも、お前と光輪は―――」


「………征士は、俺のものだ」


はっきりとそう告げた当麻をしばらく見つめ、螺呪羅はため息をついた。


「全く彼奴は……横恋慕の上に相手を拐かすとは、始末に終えんな―――!…まてよ」


「螺呪羅?」


「心当たりがなくもない」


呟いた螺呪羅に、当麻は詰め寄った。


「教えてくれ!何処だそれは!」
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