お題小説
□仲直り
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それは、ちょっとしたヤキモチというヤツだったのだ。
最初のうちは。
同じ大学に合格して、当麻と征士は“家賃節約”という名目で同居を始めた。
始めの頃は、慣れない大学生活と同居の新鮮さもあって、二人でいる事が多かったのだが―――
それは、周りの環境にもすっかり慣れた大学2年目の夏。
征士は大学の剣道部の友人との付き合いで、よく帰りが遅くなる事が多くなって、当麻は複雑な心境だった。
その友人の名は、風祭進吾。
以前ナスティの別荘で共同生活をしていた時に、征士に届いた葉書に書いてあった名だ。
大学に入ってから、当麻も何度か彼に会った事はある。
男らしい顔立ちの、キリッとした目元が印象的な青年だ。
征士と同じく、剣道界でかなり有名な剣士だと聞いた。
自分だって、友人と遊びに行ったりはするのだけれど。
同じ剣の道を志す者同士だから―――なのか。
風祭と征士の間には、当麻の分からない繋がりがあるように思えるのだ。
台所兼リビングのテーブルに座って、当麻は長い前髪をくしゃりとかき上げた。
ただの友人に嫉妬したって、仕方ないのだけれど。
それでも、その思いは胸の奥でチリチリと嫌な音をたてる。
(ガキか、俺は……)
テーブルの上の夕食を眺めて、はあっ、と当麻は長い息をついた。見るともなしに付けていたテレビの画面を、ぼんやりと眺める。
「―――ただいま」
ガチャリ、と玄関の開く音とそれに続いた征士の声に、当麻は今までのドロドロした気持ちを振り払うかの様に、頭を振った。
「おかえり」
「当麻?……待っていてくれたのか、すまん」
荷物を部屋の隅に下ろしながら、征士が申し訳なさそうに言った。
「連絡無かったから、メシは帰って食うんだろうと思ってさ。……1人じゃ味気ないだろ?」
昔の自分なら、思いもしなかった事。
何をするにも大抵独りだったし、それが当たり前になっていたのに。
誰かと一緒の食事は美味しいし、楽しい―――征士を始め、仲間達が教えてくれた事だ。
「そうだな…。ありがとう、当麻」
微笑してそう言う征士に、さっきまでの苛立ちや嫉妬心はすうっと引いてゆく。
我ながら単純だよな〜ι
と、当麻は頭を掻いた。
征士の笑顔に、勝てたためしなんてないのだ。
◆
「―――へえ………。じゃあ、暫く帰り遅いのか」
夕食と入浴をすませ、寝室でくつろいでいた時だ。征士が、すまなさそうに話を切り出してきた。
「ああ。練習試合とはいえ、やはり負けたくはないからな。風祭と稽古をする事になったのだ」
「ああ……そう」
なんだか、気の抜けたような返事をしてしまう。
消えていた筈のモヤモヤがぶり返して、当麻はそんな自分にも苛立つ。
ただ、剣道の稽古をすると言っているだけじゃないか。
何がそんなに気に入らないのか、自分は―――
「だから、夕食の当番は暫く頼めるか?試合が終われば、その分は私が作るから―――」
「別に、その位いいけど」
なんでも無い風を装おうとして素っ気なくなった声に、征士が戸惑った表情になる。
当麻が怒っていると思ったのか。
「すまない。当麻も忙しいだろうが………」
「いいって」
余計になんだか苛立ちを感じて、当麻の口調がキツくなった。
こんな風に征士に当たる事なんて無かったせいか、征士が困惑した表情になって口をつぐんでしまう。
「いけない」
と、当麻は深く息をついて、長い前髪をかき上げ呟いた。
「………すまん」
形のいい眉を寄せて、征士がじっと当麻を見つめる。
その視線に耐えきれず、当麻は思わず目を伏せた。
「お前は悪くない。ただの……八つ当たりだ。俺が悪い」
自分が勝手に要らぬ想像をして、勝手に嫉妬して、腹をたてているだけだ。
………最悪だ。
「何か……気に病んでいる事でもあるのか?」
お前の事だ。
お前と“アイツ”の―――なんて言える訳がない。
だから、征士を引き寄せ抱き締める。
「……当麻?」
「ごめん、征士。……ちょっとこのまま」
征士の手が、当麻の頭をそっと撫でた。そうしてそのまま下りて、背中に落ち着く。
「私には、言えない事なのか…?」
「………」
黙ったままの当麻に、征士が小さく息をついた。
「………仕方のない奴だな。私に出来る事があれば言え、何時でもいいから」
返事をする代わりに、征士を抱き締める腕に力を込める。