当×征小説
□月の雫‐vol.3‐
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あちこち走り回っている内に、雨は小降りになってきた。
けれど、なかなか征士の姿を見つけられず、当麻は焦りを募らせる。
もう永遠に彼に会えないのかもしれない、などと錯覚しそうになる。
このまま見付からなかったらどうしよう。
征士を失ってしまったら、どうしよう。
胸の痛みに、当麻は強く眉を寄せた。
妙に気になって覗いた公園の、大きな樹の下に征士の姿を見つけた。
「征士!!」
傘を放り投げ、駆け寄って征士の肩に触れた当麻は、ずぶ濡れで冷えきったその身体に目を見開いた。
「馬鹿野郎!何やってんだお前…っ!」
自分の上着を征士に羽織らせて、ぐったりと力の抜けた身体を引き寄せた。
「………当、麻…?」
菫色の瞳が薄く開いて、当麻の姿を映した。
「征―――」
「すまない……。すまなかった、当麻………」
当麻の言葉を遮って、征士が掠れた声で言った。
「……っ!」
思わず泣きそうになって、当麻は征士をかき抱く。
胸が締め付けられるように苦しかった。
「謝らなきゃならないのは、俺だろうが…!」
酷いことを、言ったのに…!
征士はゆるゆると首を横に振った。
金の髪から雨の雫が散る。
「忘れてしまって……すまない。…当麻」
「馬鹿、そんなの―――」
「好き、なのだ」
再び、征士が当麻の言葉を遮るように言って、当麻はビクリと目を見開いた。
「………征士」
「こんなこと……おかしいのは、分かっている。けれど……多分、病院でお前に会った時から…私は、お前のことが……好きなのだ」
征士が、震える唇で言葉を紡ぐ。
当麻は自己嫌悪に叫びたくなるのを堪えて、もう一度征士を強く抱き締めた。
「もう、いい……!征士。もういいから…!」
そのまま征士を抱き上げた。
とりあえず、うちに帰らなければ。
征士は、かなり熱があるようだった。
*********
家に戻って、征士を着替えさせベッドに運ぶ。
頭を冷やしてやると、その感触に征士がうっすらと目を開いた。
「………当麻」
熱に潤んだ瞳が揺れていた。
真っ直ぐにその目を見返せなくて、当麻は自身の目を伏せた。
代わりに布団から出ていた征士の手を、ぎゅっと握る。
自分への怒りと情けなさで涙が零れて、握った征士の指を濡らした。
俺は、一体何をやっていたのか。
征士を信じて変な意地を張らずにいれば、きっと事は簡単だったのに。
「…当麻……?」
「ごめん、征士。……ごめんな―――」
征士が強く手を握り返してきて、当麻は顔を上げた。
今度は、菫色の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「俺も、お前が好きだから。……20年前からずっと―――」
その言葉に征士は一瞬目を見開いて、それからゆっくりと微笑んだ。
当麻は、その熱に乾いた熱い唇にそっとキスを落として囁く。
「……愛しているんだ……征士―――」
*********
―――征士は深い眠りの中にいた。
身体が熱い。
頭も、熱のせいで働かずぼうっとしている。
否。
今だけでなく、霞がかかった様な思考の中で、自分はずっと眠っていた気がする。
周囲は白く濁った霧に覆われて、何も見えなかった。
どちらに行けばいいのか判らなくて、征士はずっと其処にいた。
誰かが自分を呼んでいる様な声が聞こえるのに、それが誰なのか何処から聞こえるのか、判らなくてもどかしい。
その声を聞く度に胸が張り裂けそうに痛むのに、動けない自分が腹立たしかった。
あれは、誰なのか。
熱く激しく、私の名を呼ぶのは。
知っているはずなのに、分からない。
とてもとても、大事なひとなのに―――
靄がかかった様な頭を抱えて踞った。
もどかしくて、苛々して、征士は叫び出したい衝動に駆られる。
抜け出したい、此処から。
あの声の傍に行きたい。
そう思うといてもたってもいられない気分になって、熱くてフラつく身体を叱咤して立ち上がり、一歩足を踏み出した。
何も見えないから、手探りの様に霧の中に両手を伸ばす。
時折膝が折れそうになりながらも、焦りの様な、何かに追い立てられる様な気持ちで征士は前に進んだ。
声は少しずつだけれども近くなっている様で、先程よりもはっきりと聞こえた。
身体も、少し楽になった気がする。
征士は正面を見据える。
誰なのだ…?私を呼んでいるのは。
まるで、泣き出しそうな切ない声で。
待っていろ。
傍に、行くから。
必ず、辿り着くから。
一度足を止めると、身体に籠る熱を吐き出すかの様に、大きく息をつく。