(他)×征士小説
□熱情
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うんと小さい頃、月が欲しいと夜空に向かって手を伸ばしたことがある。
あの綺麗な光るものに触れたいと。
勿論届く筈はなく、月は絶対に触れられないものだと知った。
けれど今、目の前に“月”がいる。
◇
嘘がいけない事なのは分かってる。
嘘をつくことも、本当は好きじゃない。
だけど、そうでもしないと“あの時”以来オレを避けている征士と、二人きりになるのは無理そうだったから。
……誰かがいれば、今までと変わらず話はする。でも、時々白炎と散歩する時に見かけていた、朝稽古中の征士の姿も見なくなった。
以前は、その時にもよく二人で喋ったりしたのに。
……そう。
明らかに、征士はオレと二人きりになるのを避けている。
だから「頭痛がするから」と言って、今日の買い出し当番を当麻に替わって貰った。
伸は、ナスティの用事に付き合って朝から出掛けてる。
秀と当麻もついさっき買い出しに出た。
これで、今この屋敷の中はオレと征士の二人だけ。
そうして、“頭痛で寝ているオレ”を征士が全然気にせずいられる筈もなく―――
「………遼?」
ノックと共に、部屋の外から掛けられた声に、オレはちらりと口元に笑みを浮かべた。布団をかぶって、寝ているふりをする。
静かに扉が開いて、征士の顔がそっと此方を窺って。
「頭痛がすると聞いたが、大丈夫なのか?」
「……ああ。今はもう、たいしたことないから」
笑ってそう言うと、ほっとしたような表情で征士はベットに歩み寄って来た。
「そうなのか?熱は―――」
額に伸びて来た手が、ハッと引っ込んだのにオレはむっとして、それを掴んだ。
「り、遼?」
「征士。お前、何時までそうやってオレを避ける気だ?」
白い手を強く握り締めると、征士は戸惑った顔のまま、少し眉をしかめた。
「避けて…など―――」
「避けてるだろ?……今だって」
「遼……。私は………」
困った顔をする征士にオレはなんだか腹がたって、もっと困らせてやりたいと思う。
「キス、したからか?オレを嫌いになった?」
「遼……」
征士の菫色の瞳を、じっと見つめる。
色素の薄いその目は、困惑に揺れていた。
「私が……私たちが、遼を嫌うなどということはあり得ないだろう」
自分のことだけでなく、「私たち」と言い換えた征士。
やっぱり逃げてるじゃないか、とオレは思わず睨んだ。
「お前の嫌いな嘘をついてもか?」
「………嘘?」
「頭痛なんて、嘘だ。お前と二人で話したかったから、嘘ついて当麻に替わって貰ったんだ」
「遼……」
呆然とオレを見る征士に、意地悪く微笑してやる。
オレの中で、何かに火が着く。
それは―――
「お前が逃げなけりゃ、嘘なんて必要なかった」
それは、恋という想いなのか。
それとも、もっと別の―――
「お前のせいだ。征士」
これはきっと、征士を縛る言葉。
次第に熱くなる心の奥の想いは、オレを駆り立てる。
言いがかりでもなんでも、征士を手に入れるのに手段なんて選んでいられない。
そうして、只でさえオレに甘い征士は、拒むなんて出来ないに違いなくて。
言葉もなく立ち尽くす征士の腕を引き、その身体をベットに組伏せた。
「遼…っ!何を―――」
「当麻には、触らせてるんだろ?」
「…っ!」