当×征小説 番外

□空と月と闇D-泪月-
1ページ/2ページ

「―――当麻」


伸に声をかけられて、当麻は組んだ両手に当てていた額を上げた。


「征士、やっぱり相変わらず?」


テーブルに肘をついた当麻の脇に立って、伸が小さく首を傾げて尋ねた。


「……ああ」


当麻は、心なしか疲れた顔でため息をついた。


眠った様な状態の征士を連れて戻った翌日。目覚めた彼は、頑なに当麻と顔を会わせようとしなかった。


「理由は、解ってるんだけどな…」


「そうだね」


征士は、自分自身を許せないのだろう。
恋人の元を自ら離れ、違う相手に身を任せたことを。

理由はどうであれ、潔癖で真面目な征士が、そういう行動を良しとするのはあり得ないことだと思えた。


「最初は……帰って来たくなかったのかとも思ったけどな―――」


「それは無いだろ」


あっさりと否定した伸を、当麻はちろりと上目遣いで見た。


「……そう思うか?」


「思うよ」


当然、という顔で頷いた伸に、当麻はほっと息をついた。


「そうか―――自信ついた」


「なんだい、それ」


軽く眉を上げて伸が当麻を見下ろした。
当麻は苦笑いする。


「悔しいけど、伸が言うと間違いない気がするんだよな」


伸は一瞬驚いた様に目を見開いてから、ニッと笑った。


「どうしたのさ、今日はヤケに可愛いじゃないか。……キスしてあげようか?


すっ、と顔を近付けてきた伸に、


「ば…っ馬鹿野郎っ!ιそういうのは遼だけにしろっ!ι」


椅子から転げ落ちそうな勢いで引いた当麻に、伸はぷっと吹き出した。


「やだなあ、冗談だよ」


「……お前のは冗談に聞こえないんだよι」


全く……とブツブツ言いながら当麻は椅子から立ち上がった。


「………もう一回、征士のとこに行って来る」


「うん。落ち着いて話しなよ」


「……ああ。サンキュー、伸」


ひらひらと手を振る伸に片手を上げて答えて、当麻は征士の部屋に向かった。




結界―――の様なものか。
鍵は付いていない筈なのに、征士の部屋の扉は頑として開かない。
当麻は深呼吸の様に大きく息を吐いた。




 *********




征士は、ベッドの上で布団にくるまる様にしてじっとしていた。

ずっと、胸が押し潰されそうな不安とも恐怖ともつかないものが、心に渦を巻いている。

当麻に会うなんて、出来ないと思う。
どんな顔をして会えばいいのか分からない。

自分は、彼を裏切ったのだから。


征士は、布団の中で身体を丸めた。


恐い。


悪奴弥守の元にいた時に自分がおかしくなっていたのは、ぼんやりと覚えている。

その時とは違う意味で、今はまた気が狂いそうに恐ろしかった。


―――きっと、当麻は怒っている。

私に呆れて、失望して。
もう、私の事など嫌になっているに違いない―――

そんな負の感情が渦巻く。

当麻がどんな目で自分の事を見るか……。
あの空色の瞳が、冷たく蔑む様ないろをしていたら……。

征士は両手で口元を覆った。
吐き気がしそうに胸が苦しい。

相手が当麻でなければ、きっとこんなに苦しくはないのに。

自分の心を制御出来なくて、涙が出そうで、征士はキツく目を閉じた。


―――ふいに、部屋の扉がノックされた。
征士はビクリと身をすくませる。


「征士」


その声に、ドクン、と心臓が跳ねた。


「征士、ここを開けろ」


震える両手で征士は耳を塞いだ。

扉は開けられない。

開けたら、終わってしまう。何もかも。

そんな恐怖に捕らわれて、征士は動けないでいた。


「征士!」


当麻の声が大きくなる。
征士はますます身体を小さくして、布団にくるまった。


「……どうしても開けないってんなら、真空波で吹き飛ばすぞ」


「!?」


まさか。


「言っておくが、嘘じゃないからな」


あり得ない。
と思ったけれど、低く怒った声の当麻に本気を感じて、征士は戸惑う。
真空波なんて使ったら、建物自体どうなるか分からないし、そんな事になったら皆やナスティにも迷惑が……。


征士は唇を噛み締めて、部屋を覆っていた“力”を解いた。

少し間があってからカチャリと扉の開く音が聞こえて、征士はしっかりと布団を被る。
近寄って来る当麻の気配に怯えた。


「……征士」


当麻の手が、布団を引っ張った。
取られるまいと、征士は強く布団を巻き込む様に掴む。


「征士。顔を見せろって。……話も出来ないだろ」


少し呆れた様な当麻の声。


「……いや…だ……!」


話なんて、したくない。

きっと自分はみっともなく泣いてしまう。
そんな姿を見られるのは嫌だった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ