Short2
□Short系まとめ
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「海賊王のクッキー?」
剣士が酒屋においてあったそれに目を奪われた理由は、刀型のクッキーだった。甘いものが決して得意ではない彼。されど、そのクッキーの刀の造形は、何だかとても惹かれて、気づいたら無骨な手でその『海賊王のクッキー』という瓶をわしりと掴んでいた。
「その刀はロジャー海賊団の船長の刀と……」
どこかからの圧か。刀について気だるそうに店主からの説明があったが、あまり詳しくないざっくりとした説明だったので聞き流した。
「ちなみにその刀のクッキーは、実は甘くないクッキーだよ」
「甘くない?」
「チーズクッキーだから、ワインやビールに合うよー」
そんな言葉も手伝って、剣士にとっては決して安くはない500ベリーを取り出して購入していた。ただ、肝心の酒を買うだけの金が残らなかったのは、彼にとっては痛手だったのだが。
――――――
「あら、いいじゃない」
「なー、いいよな」
航海士と狙撃手が雑貨屋においてあったそれに目を奪われたのは、それぞれの理由があってのことだった。チープなパッケージにも関わらず、中のクッキーの作り込みは芸術的観点からかなり高かったのだ。
「おれはこのジャムクッキーが好きだな。黄色と赤が映えてる」
「私はこのお花が好き。みかん色だもの」
理由をそれぞれ述べた後、見やる。狙撃手が気に入った方はきれいに絞られたクリーム色のクッキーに色鮮やかな赤と黄のジャムがのったもの。航海士の方はうっすらオレンジがかったお花のクッキーだ。
ともすると、詳しく知りたくなって、小さく添えられた説明書きに同時にチラと目を落とす。
「えー、なになに?ジャムクッキーは海賊王の下っ端の二人を表したもの?」
「下っ端にしては豪華で凝ってるのねー。きれいなジャムだし」
「確かにもったいねぇな。よっぽどすげぇ下っ端だったんだろうなー」
下っ端という言葉に驚きながら、花の方の説明を見る。
「えーと、花の方はシルバーズ・レイリーの愛人をモチーフに。詳細はそっと見守っている為伏せる……なんだそりゃ」
「え、シャクヤクの花なの?これ……」
航海士はじいとそれを見やり、疑問をこぼした。この花の形は、シャクヤクの形ではないような、そんな気がしたのだ。
「え。それここで言っていいのか?ナミ」
「え」
だが、狙撃手が引っかかったのは、愛人の名前を航海士がぽろりといった方だった。ちら、と雑貨屋の店主が好奇の目で見ている。
「あっこれ買うわ!2つ、千ベリーね!ウソップ会計お願いねっ」
「あっまてあとで払ってもらうからな!!」
先に脱兎のごとく逃げた航海士。狙撃手は千ベリーをカウンターに叩きつけ、店主の目から逃れるように雑貨屋をあとにするのだった。
―――――
料理人は、留守番である。冒険に出られずに甲板でふて寝している男に呆れながら、小麦粉、バター、アーモンドパウダー、砂糖などなどを取り出す。さぁ、おやつを作ろう。
「今日は、何を作るかな」
きっちりと材料をはかり、アーモンドパウダーと小麦粉と砂糖から混ぜていく。香ばしい香りと甘い匂い。
「ここからは、混ぜすぎないように」
バターと粉を混ぜすぎると、溶けて食感が悪くなる。なので触りすぎないように気を配りながら、一纏めにして、固めて、冷蔵庫でゆっくりと休ませる。
「さて」
生地を休ませている間はどうしようか。うんと伸びをして考えていると、
「サンジーー!」
暇だから遊べと、唸るような寝起き声が響いた。どうせ2時間は暇だからと。料理人は呆れたようにへいへいとうめきながら甲板に向かうのだった、
―――――
「……」
「ロ、ロビン?」
船医はびくびくと固まっていた。ここは、単なるお菓子屋さんのはず。なのに、考古学者がとあるクッキーの瓶を手に取ったまま動かなくなってしまったのだ。
「あ、ごめんなさい……。このクッキーの中に、不思議な形のものがあったから」
「不思議な形?」
船医に促されて、瓶を突き出す。すると、小さな石版のようなクッキーがあった。そばに添えてあるクッキーの説明を読めば、これはロジャーが巡ってきた歴史を表す石を形作ったココアクッキーとのこと。
「なんでこれが不思議なんだ?」
「彼がこれを読めることはあまり公になってないからよ」
「おお……これ作った人は詳しいんだな」
きちんと小声で説明されて船医は感心したように呻く。青い鼻をヒクヒクと動かしながら。
「……チョッパー、お土産にして、みんなで一緒に食べましょ?」
「いいのか!?」
「えぇ」
キラキラした笑顔にくすりと笑って、考古学者は会計にクッキーの瓶を運ぶ。中に船医の大好きな桜の花びらのクッキーが、説明にはワの国の侍がいたから、とされるクッキーが入っていることは、内緒にしておきながら。
―――――
「いいもの見つけましたよーー!フランキーさん、ジンベエさん!!」
端から見たら見慣れぬ風貌の男3人が、スーパーで仲良く買い物をしている。
「これは……、菓子か?」
「アウ、クッキーだなぁ」
じいと視線が集まる。最年長がはしゃぎながら持ってきたクッキーの瓶。タイトルには『海賊王のクッキー』と書かれている。
「んで、なんでそれを持っておめぇははしゃいでるんだ?」
「ほら、みてくださいよこれ!」
「どれどれ」
視線の先に、瓶をかざす。船大工と操舵手はじいと顔を近づけた。
「船とちょん髷ですよ!!」
「なるほど、おれとジンベエってわけか」
「偶然にしてはうまくいっとるのう」
納得し、二人はカラカラと笑う。スーパーにもあった。添えられた説明書き。『ロジャーの船に乗っていたワの国のサムライとロジャーの船のクッキー』と書いてある。船は海賊旗は書かれておらず帆船で、ちょん髷は顔はかかれてはいない。だからこそ、二人にも当てはまると思ったのだ。
「んで、おめぇのはあんのかよ」
「ヨホホ、それは」
音楽家はニコニコと笑いながら、ひょいと瓶を骨ばった手に納めた。
「帰ってからのお楽しみですー!」
「なにか他に楽しいことを隠してるじゃろう、ブルック」
「だろうなぁ、さすが最年長だぜェ」
ウキウキと音楽家がレジにクッキーを運んでいく様を穏やかな顔で見送る船大工と操舵手。その手の中に他に楽しい秘密があることは、見せないままで。
―――――
「さんじーーまだかーー」
「もうあと2分。粗熱取ってるから」
「熱いままでいい!」
「おやつにとっちゃよくねぇんだよ……お!!ナミさんたちが帰ってきたぞ。野郎どもは……あー、土産持って」
「土産っ!!!」
見聞色での言葉かはたまた。されど船長は勢いよく扉から飛び出していった。料理人もそれに付き添う。ちょうどタイミングよく合流してきたようだ。ワイワイガヤガヤと塊になって帰ってきた。
「おーい!!土産だぞー!」
「みんな同じの買って帰ってきたんだー!!」
「クッキーですよーー!」
「酒も寄越せ」
四人の手に掲げられたクッキー。船長はじっと見る。瓶を見る。『海賊王のクッキー』とかかれたそれ。あっと叫ぶ。
「あっ、サンジのクッキーだ!」
「へ?」
「あ?」
「は?」
間抜けな声がいくつも溢れ出した。料理人はポリポリと頭をかく。
「いや、一週間前に出掛けたとき、クッキー作り教室やっててよ」
料理人曰く。面白そうだからと覗いてみたら、海賊王マニアが海賊王のクッキーを開発しよう、というものだったらしく。途中まではマニアの言う通りにしていたのだが。
「粉の配合とか口出ししてたら、型抜きまで頼まれて。それで……」
「ヨホホ、やはりそうでしたか」
音楽家はニコニコと笑い、瓶をくるくると回す。
「ブルックも気づいたの?」
「えぇ。だって仮に海賊王の船のなら」
考古学者の言葉にニッコリと笑いながら、骨ばった指をさした先。
「くじらや魚なんて、入れたりしないでしょう?」
「あー!!!!」
「ほんとだーー!!」
気づいていなかったらしい船医と狙撃手が声を上げる。
「逆にどうごまかしたのよサンジ君……」
「魚人島から新世界に抜けるまでにロジャーが会ったくじらとか魚とか色々」
「おめぇも大概口が回るよなぁ」
「そんな仕込みに口をまわさなくてもいいと思うんじゃが」
「だってよ」
呆れる仲間たちの言葉をかわして、料理人は煙草をくわえながら、さらっといった。
「うちの船長が、次に海賊王になるんだから、別に問題はねぇだろ?」
「……確かに」
剣士がその言葉にまたさらりと同意して、クッキーを見つめる。
「ししっ、やっぱりサンジのクッキーだ!!」
船長は嬉しそうに笑って音楽家から受け取ったクッキーの瓶を見つめた。麦わら帽子のクッキーが、中で笑っている。そばには、刀とお魚が寄り添い、背中にはシャクヤクではなくみかんの花と黄色いジャム、桜と石版、そして、船とクジラとちょん髷と。
そんなさまを見れば、仲間たちももう納得せざるを得なかった。
「ただ、一つ計算外だったのが」
料理人は苦笑しながら付け足すと、一味みんなで瞬きをする。
「今日のおやつも、クッキーなんだよなァ」
そう聞くと同時に鼻をひくつかせる。ただよってくる、焼きたてのクッキーの香ばしい匂い。そして、手に持ったたくさんの、クッキー。
「よーし、今日はクッキーパーティーだ!焼き立ても瓶のやつもいっぱい食うぞー!」
されど船長は嬉しそう。まるで以前突然せんべいパーティをしたときのように。瓶を掴み、勢いよく向かう先はキッチン&ダイニング。
「おい、食い尽くされるぞアホコック」
「るせぇわかってるわクソマリモ」
その後ろを続いて呆れながらついていく、麦わらの一味の両翼。
「あ、ちょっと。ちゃんとクッキーの使用料の件考えときなさいよー!」
「いやそこかよっ」
「さすがナミだ……」
「アウ、ツッコんでると出遅れるぞ早く行けや」
「クッキーパーティーとは?」
「クッキーをたくさん食べるだけの楽しいパーティですよジンベエさん」
「そう、ルフィの手にかかったら何でもこうなっちゃうの」
各々の反応を返し、苦笑しながら。キッチンに向かって行く一味。新しい仲間をくわえても、いくら時が流れても彼らの関係性はかわることなく、一つにまとまってそこにある。
個性豊かな形が一瓶に詰められた、海賊王のクッキーのように。
〈End〉