Short2
□Short系まとめ
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ここは、小さな小さな何もない島。直径百メートルも満たない、小さな小さな島。もう少し、動かそうと思えば、船は動かすことができる。
けれど、時は日が出ていればトワイライト。加えて雨。ザブザブと降り注ぐような雨。記録が溜まったとしても明日まで出航はできないだろう。そう、あくまでも、このままでは。
「百、回!」
トレーニングルーム。ダンベルが、忙しく降り落ちる。緑頭の鍛え抜かれた腕が、重い重い串団子のようなそれを、1度、2度、3度と振り上げ、振り落とす。決して暑いわけではない。けれど、それを百度と繰り返せば、脂肪は燃焼されて、汗ばむような体になるだろう。
「百八!」
ふう、と息を付き、また繰り返す。幾度?彼の気が済むまで。
ぴちゃん、ぴちゃん。
雨粒に紛れて汗が床に落ちた。
「あら?」
手のひらで、落ちてきた雨粒を受けとめる。みかん畑。ほどよい雨ならいいのだけど、やりすぎは毒だし風が出る可能性はあった。だからシートを被せようと、ここまで出てきたのだが。
「何よ、気まぐれねぇ」
むくれたように、でも、少しだけ嬉しそうに笑う。そして、見上げた。ぽつりぽつりに変わり始めた空に向かって、先程手に溜まった水を、払うように両手で放り投げた。
「うわぁっ」
両手を伸ばして、受け止める。どんがらがっしゃん、大きな音がした。船大工の開発室の一角。棚の中からちょいと道具を失敬したところ、ちょっとはしごのバランスが崩れてしまったのだ。
「こんなところでぇ、躓くわけには」
だが、狙撃手はそれどころではなかった。棚を戻して、早く頭の中に溜まったアイデアを形にしよう。雨の日だからできること。それは、集中。部屋にこもって、イメージを見返すとこほから。ぐるぐると丸められた紙の断面が広げられようと宙に浮かんだ。
「おぉ、もうすく焼けるなぁ」
ぐるぐる眉毛が、ぐうっとオーブンのガラスに近づく。ジリジリと焼けていく骨付き肉。鍋の中では、濃厚なシチューが踊り、しゃきしゃきサラダやほかほかご飯に焼き立てふかふかパン、そしてデザートにあんずのジャムがたまらないザッハトルテ、コーヒーに合う一品。それらはすべて完成済み。あとはメインディッシュだけ。
「あとは予熱で、と」
機嫌よくオーブンを開ける。湯気が舞う。美味しい匂いたっぷりの、湯気。ほわほわと白かったものは、やがて透明な美味しい匂いになり。
「あーー、おなかすいたなぁ」
青い鼻に到達した。ひくりひくりと動かしてご機嫌な様子。ごりごりと軽やかに薬を混ぜる手が、そぞろになる。
「はっ、はっ、はくしゅん!!あーー!!!」
集中集中と取り戻そうとしたばかり。薬の匂いをかいで、痛恨のミス。大きなくしゃみが混ぜていた薬の粉末を吹き飛ばし、霧のように飛ばしていく。
「あら、大きなくしゃみね」
霧雨。ぽつりぽつりがそう変わったのが窓から見え、くしゃみの音が彼女の耳まで届いた。図書室で顔を上げた、考古学者。本棚から手に掴み取った本は、これまたかなり古い本。背表紙のタイトルはシンプルに三文字。
「未来星」
くすりと笑い、図書室の窓から空を見上げる。霧雨が、晴れゆく。既に時刻は。そちらに視線が向かったせいか、はたまた話の内容を思い出し、用をなくしたせいか。かたんと棚に戻った。
「アウ、あったあった」
ぐいと引き出された雑誌。男部屋のロッカー。ここに残していた本は、彼の特別な雑誌。と言っても他の一味にとっては微妙なもの。タイトルは「漢のパンツ特集」なのだ。
「明日はきっと島に着くからなぁ」
鼻歌交じりに、ロッカーの前で雑誌を開く。あぐらを組んて、ページを捲る。その音すらもハミングと混ざり合って、ふわふわと外に。
「あらあら、素敵な音色ですねー」
そのご機嫌な音符が届いた先は、アクアリウムバー。ギターをテーブルに転がして、緩めた弦を巻いて、手入れの終わりを告げた。あとは、音の確認をとばかりに、ピックを掴んで、引けば。
「ヨホ!?」
ビン、と音が歪んだ。調律のせいではない。船が一瞬ぐらと傾いたのだ。ピックが、骨ばった手から跳ねる。ゆっくりと弧を描き、床に、落ちていく。
「いかんいかん、揺らしてしもうた」
ぷかりと浮かんだ小さな髷。重なった。海からひょっこり出て、すたんと甲板に降り立った、操舵手。海の中で、通信終了。返答を待つ。
「ルフィ達から許可が出てからにしよう」
巨大な影。サニー号より大きい。濃い斑点が、ぷかりぷかりと浮かんでいる。彼の名前と同じサメ。穏やかで温厚で、さっき仲良くなったばかり。彼は船を運びたいと申し出てくれた。言葉を吐き出せば、あとは、そう。まずそれを届かせて、許可を待つばかり。
「なぁ、ジンベエ」
インスタントに届いた。声が、返ってきた。聞いていたのか。操舵手は気づく。芝生に立ち上がる、一つの影に気づく。
そして、なぜ船が揺れたのかと問う前に足音を鳴らして、何かを感じ取ってあちこちから集まってきた影。
「夕陽と星が、一緒にいるぞ」
雲は、晴れた。淡いトワイライト。けれど、そこにはっきりとしたお星様が跳ねたら、すべて明るい方に答えは変わる。
「こんなの、行かないわけねぇだろ?」
にひっと笑って、はっきりと言った。操舵手は、大きな口元を緩める。これはもう、許可と同義だ。水の下のジンベエザメが、ニコリと笑った。
「野郎共!!」
船長は近づく影に向かって、口をはっきりと勢いよく動かした。
「じゅんびはいいかぁぁ!!!」
問う。これは仲間たちの許可ではない。ただの確認だ。理由は、わかっていた。彼らが操舵手の案を、受け入れないわけがないことが。
「ダンベルは片付けたぞ」
「シートもね」
「計画書もな!」
「メシはこぼさねぇようにしてきたぞ」
「おくすりは、ぞうじじました」
「大丈夫だった?私も本は片付けたわ」
「雑誌もな」
「もちろんピックとギターはこの手に!!」
「がはは、サメたちも準備ばっちしじゃわい!」
そして、船長の動向を感じ取って、皆答えた。準備万端。ならばあとは?船長が声高々に叫ぶだけ。
バサリ、と麦わらの海賊旗が勢いよく揺れた。
「ふんっっっっ」
鼻からも息を吸い込んで、お腹いっぱいに空気を込める。言葉にして、吐き出す。
「出航だぁぁぁ!!!!」
「おーうっっっ!!!!
叫びに答える声はいつだって明るくて喜びに満ちていた。出航の時はいつだってそうだ。たとえ憂いや別れがあったとしても、永遠に腐ってなんかいられない。憂いになんか構っていられない。別れ?また会いたければ、もう一周でもしたときに会えばいい。
彼らの輝かしい未来や冒険は、その手を広げて眼前で待っているのだから。